[古賀心太郎のドローンカルチャー原論]Vol.01 脳神経とドローンをコネクトする

はじめまして。古賀心太郎と申します。

東京を拠点に、TVCFなどの空撮、ドローンスクールの講師、企業や官公庁へのドローン導入のコンサルティング業務を仕事としています。さて、連載初回のテーマは「脳神経とドローン」。空を飛ぶドローンを私たちの脳で操ることができたらどうなるだろう、というお話です。

SFの世界と脳神経

名作と語り継がれるSF作品には、マシンや巨大ロボット、広大なサイバー空間などを脳に直接接続するという設定が多く登場します。例えば、アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」や映画「パシフィック・リム」、また永井豪の漫画「獣神ライガー」は、巨大ロボットなどに神経を接続して操縦し敵と戦いを繰り広げます。操縦桿のようなありきたりなデバイスを用いることなく、パイロットの意識が直接マシンに作用して操縦できるというこれらの作品は、とても魅力的でワクワクするものでした。

現在、マルチコプターなどのドローンを手動で操縦するときには、主にプロポ(コントローラー)に備えられている2本のスティックを操作する方法が主流です。21世紀に入り10年が経とうとしていますが、いまだに鉄人28号の金田少年が持っていたような古典的なコントローラーを手にしている私たち。

2015年にDJI社は、ハンドジェスチャーでドローンを操縦する“Sky Paint”という機能をコンセプトムービーで紹介していましたが、アニメや映画の世界のように、もっとスマートで未来感あふれる新しいドローンの操縦法は生まれないのでしょうか。

Sky Paintコンセプトムービー

脳波でドローンを制御する

2019年のSXSWで、「Controlling Drones With Your Mind(意識でドローンを制御する)」という興味深いプレゼンテーションに参加する機会に恵まれました。ソフトウェア開発企業JDK Technologiesのエンジニアであるジョン・ギア氏がスピーカーとして、脳波でドローンを操縦するというとてもエキサイティングなデモを披露してくれました。

身体を動かそうとしたときに生じる脳内の神経細胞の活動を読み取り、それをドローンの舵(上昇や前進など)のコマンドにアサインするという原理で、例えば左手を上げる、もしくはその行動を脳内でイメージすることでドローンが左方向へ移動するなど、まさに念じるだけでドローンを操縦できるというSci-Fiなテクノロジーです。

さぞかし複雑な機械を使うのだろうと思いきや、機材は意外にもAmazonなどで購入できる市販のデバイスで構成されていました。ドローンはParrot社のMamboというプログラミング制御ができる小型ドローンで、子供向けの教育にもよく使われています。脳波を計測するためには特別な機器が必要ですが、ここでは2種類を紹介。

ひとつは、NeuroSky社製MindWave Mobile2。一般的なインカムのような非常にシンプルなデザインなので簡単に装着ができる半面、計測精度はさほど高くないとのこと。

もうひとつは、OpenBCI社製のUltracortex。こちらは映画などでよく目にする研究室で被験者が頭に被っていそうな、見るからにアカデミックな高性能タイプ。個人的には、後者の方がギークな感じでテンション上がります。

参加者がみな固唾をのんで見守る中、ギア氏は脳波を計測するヘッドセットを被り、片腕を上げたり頭の中で腕を動かすイメージをすると、ドローンがふわふわと指定の方向へ移動していきました。デモは単純な動きの指示だけであり、また精度は曖昧なものの、頭で念じるだけでドローンが見事に動いてゆく様子にみな拍手喝采でした。

(左)ジョン・ギア氏(右)ワークショップで使用されたドローンとヘッドセット

ギア氏が脳波によるドローンの制御に興味を持ったきっかけは、Neurosity社で働くアレックス・カスティロ氏が紹介していたブログだったそうで、こちらの記事で詳細を確認することができます。

同じような研究がないか調べてみると、古いものでは、2012年のWIREDに掲載された中国・浙江大学の研究者たちの記事が見つかりました。「Flying Buddy 2」と名付けられたこのシステムは、「考える」、「歯をかみしめる」、「まばたきする」などの行動による脳内活動をPCを介してドローンに転送して制御していますが、動画を観るとかなりクイックで正確な応答を示しています。2012年はまだドローンが一般的になる前のタイミング。コンシューマー向けドローンの走りであるParrot AR. Droneを使ってこの研究を始めていたことに驚きです。

またフロリダ大学は、世界初の脳波によるドローンレースを2016年に開催しています。ヘッドセットを装着し、念じるだけでドローンを操縦、飛行させて順位を競い合うという、なかなか興味深い試み。学生の一人が「こんな技術を待っていたの!」と嬉しそうにコメントしているのが印象的ですね。

ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)の可能性

脳波等の検出、または逆に脳への刺激などといった手法で、脳とマシンなどとのインタフェースをとる機器等の総称をブレイン・マシン・インターフェース(Brain-Machine Interface:BMI)と呼びます。また、コンピュータと接続する場合は、ブレイン・コンピュータ・インターフェース(Brain-Computer Interface:BCI)と区別することがあります。

BMIやBCIにおける脳情報の読み取り、書き込み技術には、侵襲型と非侵襲型の2つの方式が存在します。前者は外科手術による開頭と埋め込み技術が必要で、具体的な例としては剣山のような針電極を刺入するタイプや、皮質脳波(ECoG)法という60個ほどの電極がついたシートを脳の表面に留置するタイプがあります。一方、非侵襲型には、EEGワイヤレスヘッドセット型、EEGキャップ式脳波計、頭皮に装着する電極タイプなどが挙げられます。

※EEG:Electroencephalogram(脳波)

侵襲型は頭蓋骨を開けて何かしらのセンサーを埋め込むことになるのでサイバーパンク感はありますが、一般的には心理的なハードルが高い方法だと言えます。一方で、非侵襲型で脳の活動を計測する技術として挙げられるのは、高価、高精度の大規模装置を使用したfMRIなどの脳計測装置、そしてもうひとつが、上述のような小型で安価なウェアラブルタイプの生体センサーです。

BMIやBCIについては、様々な研究や応用例があり、近年では大規模な投資やベンチャーが増えてきていると言います。例えば、国際電気通信基礎技術研究所のグループが開発した「思うだけで操れる3本目の腕」と呼ばれるBMIシステム。EEGキャップを装着して、自分の2本の腕で作業を行いながら、脳波で3本目のBMIロボットアームを動かすという実験映像が公開されています。すべての人がロボットアームを動かすことに成功したわけではないものの、高い確率で制御を習得できるという結果が出ており、人間の身体能力を拡張させる未来を予感させます。

セグウェイの発明者ディーン・ケイメン氏が開発した筋電ロボット義手「LUKE Arm」。このネーミング、スター・ウォーズ好きならピンと来たと思いますが、旧三部作の主人公ルーク・スカイウォーカーが義手であることに由来しています。非常に複雑な動作を可能とするだけでなく、高い安全性も認められている超高性能な筋電ロボット義手です。

最近話題なのはイーロン・マスクが立ち上げたBMIデバイス企業Neuralink社。脳で考えたことを言語化せずにダイレクトに伝達できるようにするための埋め込み型チップ“threads”を開発し、脳性マヒの方などが利用できる技術を目指しています。2020年末に臨床試験も開始するとのこと。まさに「マイクロチップ・インプラント」時代の到来です。

サイバーにドローンを制御する

BMIの助けによって操縦する対象物を考えたときに、マルチコプター型のドローンは実はとても理にかなっているのではないかと私は思っています。なぜなら、旋回が必要な固定翼機や、2次元に制限される車輪タイプとは違い、マルチコプターは静止状態から3次元のあらゆる方向に自在に移動することができるので、頭の中で物体の移動をイメージしやすいからです。

私たちの身体と直接つながっているわけではないものの、ドローンをBMIで自由自在に制御することは身体の一部が機械化したサイボーグと同列のものだと感じられます。この“サイボーグ”や“サイバー”という言葉は、1940年代にノーバート・ウィーナーにより提唱された「サイバネティクス」に由来しますが、もともとは“舵を取る”、“航行する”という意味のギリシャ語の動詞「cybernan(キュペルナン)」を基にした造語です。まさに、頭の中の意識だけでドローンの舵を取るサイバーな時代が、すぐそこまで来ているのかもしれません。

今後、BMIによって制御できるドローンの事例がますます増えてくることを心から期待しています。

 

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