ガソリン需要はもう戻らない?「原油価格暴落」が示唆するコロナ後の世界

米国株式市場は、一旦の大底をつけた3月23日から反発して、4月中旬まで約3週間にわたり株高が続いています。政府とFRB(連邦準備制度理事会)による大規模な経済刺激政策に加えて、コロナ感染者拡大ペースが低下して、近い将来に広範囲に止まった経済活動が再開するとの期待が株高の主要因です。

ただ、今週4月20日から金融市場にはやや変調がみられ、特に注目されているのは原油先物市場での価格暴落です。米国で産出される原油の価格指数(WTI)の5月限月価格は、17日まで1バレルあたり約20ドルでしたが、20日には10ドルと半値まで急落。

そして同日終盤には大幅なマイナス価格で取引され、筆者も想像しなかった史上はじめてのことが起こりました。


経済活動の停滞で需要が減少

ただ、実際の原油取引において、原油がマイナス価格で取引されているわけではありません。先物市場では取引できる期限がありますが、5月限取引の期限が4月21日に迫ったので、マイナス価格でも買い手がいなくなったという極めて短期間の特殊な現象です。

原油価格を参照するETF(上場投資信託)の規模が近年拡大していましたが、ETFを組成する運用会社が投げ売りをせざるを得なかったことも背景にあったもようです。

落ち着きを取り戻した22日には、6月限のWTI先物価格は14ドル付近で推移しています。マイナス圏への価格暴落は特殊な値動きですが、20ドル前後だった原油価格が、今週大きく下落していることには変わりありません。

これは、原油市場の需給関係が大きく変化している、つまり供給>需要の状況が明確になっていることが最大の要因です。コロナ感染拡大を防ぐために、世界各国の経済活動停滞が長引き、原油需要が大きく減少する可能性が高まっています。

一方、産油国などの政治的な思惑などで、各国が減産に踏み出すことが難しい事情があります。その結果、産出された原油を備蓄する米国の貯蔵施設の上限に迫り、原油を保有することに莫大な費用を支払う必要に迫られる可能性も浮上しています。

<写真:ロイター/アフロ>

ガソリン需要は戻らない可能性

英国の大手石油会社によれば、世界の原油の約40%が乗用車、トラックなどのガソリンなど向けの需要です。経済封鎖等による2020年に予想される世界経済の落ち込みは、IMFなどのエコノミストの最新の予想が示すように、戦後最大規模のマイナス成長になるとの見方がほぼコンセンサスになっています。

また、経済停滞が深刻になるだけではなく、同時に人が移動する機会が劇的に減るとみられます。物流活動がなくなることはありませんが、普段の生活またはビジネスにおいて外出を控える行動が常態化すれば、自動車を中心にガソリン消費は大きく減少するでしょう。

いずれは世界の経済活動はコロナ前まで戻っても、自動車を中心としたガソリン需要は同様に戻らない可能性が十分あると筆者は考えています。

これは、交通渋滞が緩和されるという意味で、ポジティブな側面があるかもしれません。反面、コロナ後の世界では、エネルギー、自動車、航空などの産業の市場規模が大きく変わることを意味します。

コロナ後の世界に関しては分からないことが多いですが、2008年のリーマンショックによる景気後退よりも、経済・社会のあり方が変わり、それに伴い産業構造が大きく変化すると筆者は予想しています。

このため、原油市場の妥当な価格水準を推定するのは難しいですが、現在の10ドル台で今後長期にわたり推移してもおかしくない、と筆者はみています。

一方、原油以外の商品市況をみると、銅、鉛など工業用の原材料の取引価格は、原油価格ほど下落していません。

工業用原材料価格は、製造業の生産活動をより的確に反映しますが、足元で2016年初の水準まで下落しています。これは、突出した原油価格下落が、コロナ後の世界経済の大きな変化が起きていることを示唆しています。

依然割高な米国株市場

最後に、原油価格ほどではないですが、工業用原材料価格が、2015年のチャイナショックによって世界経済が停滞した同水準まで下落していることをどう考えるか。この価格下落と比べて、3月以降の米国株の調整はかなり小幅です。

米株市場は20日からやや調整していますが、年初からの下落率は13%程度(4月22日)で、2019年年央の水準を保っています。商品市況が示唆する今後の世界経済の落ち込みによって、企業業績が半減以上で減少する可能性が高いことを踏まえると、米国株市場は依然割高であると筆者は考えています。

<文:シニアエコノミスト 村上尚己>

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