[空150mまでのキャリア〜ロボティクスの先人達に訊く]Vol.02 ドローンは「2つの使命」の接着面

ドローンキャリアコラム第2弾は、ドローン・ジャパン代表取締役社長 勝俣喜一朗氏にインタビュー。マイクロソフトに23年間勤め、Windowsの黎明期から拡大期の要職を経て、2007年には業務執行役員に就任した勝俣氏。2015年に春原久徳氏とともに起業し、IT×農業とIT×教育という「2つの使命」にドローンを活用して邁進中だ。本稿では、勝俣氏のドローンビジネスの原点を掘り下げて訊いた。

ルワンダの農村地、少年のポケットからスマホ

ルワンダ視察時の様子

勝俣氏が、ルワンダの子供向けICT教育事業を行うNPOを立ち上げたのは、マイクロソフト在籍中だ。正確に言えば、退社直前の2013年。知識やスキルではなく、探求心や好奇心、試行錯誤や協力など、ヒューマンスキルの育成を目指していた。

ルワンダといえば、アフリカの奇跡と呼ばれるほど、IT国家として急成長を遂げた国。ドローン関連では配送サービスプロバイダーのZiplineが有名だが、子供向けのICT教育にも熱心で、ルワンダの紙幣には子供達が1人ずつパソコンで学習する様子が描かれている。

勝俣氏は、Windowsの3.0から8.1までの営業・マーケティングを推進したほか、2000年代後半、K-12 PCプロジェクトを主導。K-12(小中高生)向けPCの国内普及率向上をミッションとして、B2Bでは行政や教育機関など、B2Cでは学習塾などへ働きかけ、PC、教育カリキュラム、学習コンテンツをトータルでオーガナイズした。

K-12の一環で、アフリカの教育機関向けに“100ドルPC”を販売するプロジェクトがありました。ルワンダをターゲットに、PCの仕様や教育コンテンツを開発するため、教育システム、通信環境、規制緩和、普及のためのチャネルなど、かなり詳しく調査していました。

業務を通じて、ルワンダへの理解を深めるうち、マイクロソフトを通じた枠組みではなく、自らもっと関わりたいという想いが募ったという。

途上国の子供達に、ICT教育を通じて、生きる力をつけてあげたい。

しかし、視察に訪れたルワンダの農村地で目にしたのは、子どもが頭上に農薬の袋を乗せて、畑を歩いて農薬散布する光景。聞けば、ODAでトラクターが届いても、使い方を教えてくれる人がおらず、結局は従来通りの方法を踏襲せざるを得ないという。

ツールやコンテンツを整えても、近くで使い方を教えてくれる人がいなければ、これと同じことが起きる。

モヤモヤする勝俣氏の目の前で、ルワンダの農村地で働く男の子がポケットから取り出したのはスマホだった。実はこれが、勝俣氏がドローンビジネスを着想する原体験となる。

ドローンは「2つの使命」の接着面

センシングを行う勝俣氏(右)と春原氏(左)

ルワンダの田舎の農村地で、少年がスマホを手にする姿を見て、勝俣氏は閃いた。

畑をセンシングして情報を取得し、それをクラウドで共有すれば、遠隔でも農作のアドバイスをできるかもしれない。情報取得ツールとして、ドローンはどうだろうか?

実は、勝俣氏には、ICT教育ともう1つ、ライフワークがあった。農業だ。1999年頃から、マイクロソフトで農業部を立ち上げ、「パソコンばっかりやってんじゃねえ」と、部下とその家族を引き連れ農業体験に出かけていた。

農業ブームが訪れたのは2010年頃だから、1999年といえばザ・黎明期。ノストラダムスの大予言は当たるのかとか、世の中がミレニアムイヤーに沸き立っていた頃、スマート農業に取り組んでいたのだ。

農業ITって、大別すると2つあって、栽培でのIT活用と、収穫物を消費者に伝える手段としてのIT。前者が農業テックで、後者は主にマーケティングです。マイクロソフト農業部では、その両方を色々とやっていました。

当時の取り組みは、気温の観測や生育情報のモニタリング、収穫した農作物をマルシェで販売する際のインターネットを利用した集客など。同僚の父親が所有する田畑を借りて、農業部では様々なことにチャレンジしたという。

最初はみんな“勝俣さんに言われたから行くか”みたいな感じで来てたんですけど、実際にやってみると、やっぱり脳が活性化されて、みんな元気になって行くわけですよ。それがまた次の企画に繋がったりして。

ICT教育促進のために訪れたルワンダで、農業へのIT活用、とりわけドローンの利活用を着想したのは、自然の流れだった。そして帰国後、運命の再会を果たす。縁とは不思議なもので、20数年来、勝俣氏が仕事を共にし、“ご意見番”として頼りにしてきた春原久徳氏が、一足先にマイクロソフトを退社して、秋葉原でショップを開きドローン事業を始めていたのだ。それを知って、秋葉原に訪ねて行った。

春原氏は、2016年から毎年インプレス社発行「ドローンビジネス調査報告書」執筆を手がける、業界の重鎮的存在だが、同氏はドローンを知った当初から、「ドローン=センシングデバイス」と捉えていたという。農業におけるドローン利活用の海外での事例にも精通していた。

農業とIT教育の両面がライフワークとしてある、それがドローンで合体しちゃって、会社になっちゃいました。

両氏は協同経営者として、2015年にドローン・ジャパンを設立。「IT×農業」「IT×教育」の2つの使命を、ドローンがつなぎ合わせた形だ。勝俣氏は「二兎は追えない」とNPOを撤収して、ドローン・ジャパンで子供向けのICT教育も引き継ぐことにした。

ドローン米とドローンエンジニア養成

ドローン米ほ場でセンシング中の勝俣氏と春原氏

いまドローン・ジャパンでは、「日本の土づくりを世界へ」を掲げて、ドローン米プロジェクトに取り組んでいる。ドローンを活用した精密農業で米を作り、生産者の想いをともに消費者へと届けるという。将来的には、日本の匠の技を世界に広げたい構想だ。

例えば、三重県津市にあるつじ農園では、ドローンとマルチスペクトルカメラによる生育診断技術を用いて、生育ムラがほ場内にあることと、そのムラが秋冬の土作りに起因することを突き止め、翌年には生育の均一化に成功した。

また、ルワンダでは、現地の日本人起業家とともに、ヨーロッパへの輸出を目的とした「リンドウ畑」で、ローバーを活用したセンシングを行なっている。必要なデジタル情報を取得するには、回転翼機だけでは不十分な場合もあるという。

ルワンダのリンドウ畑でローバーの使用方法をレクチャする勝俣氏

ローバーで生育状況のセンシングを行う様子

今後は、様々な形状のロボティクスの自律制御に対するニーズがさらに高まると予測される。一方で、ドローンのソフトウェアエンジニア人材は不足している。

ドローン・ジャパンでは、ドローンのみならず飛行機、ローバー、ボートなど、多様なロボティクスの自律制御をできるオープンソースソフトウェア「アルジュパイロット」の有用性にも早期から着目。世界屈指のアルジュパイロット開発者であり軽井沢に居を構えるランディ・マッケィ氏(ジャパン・ドローン代表取締役社長)とともに、ドローンエンジニアを養成する教育事業を手がけている。第9期は2020年5月16日に開講予定だ。

養成塾講義中の様子。ランディ・マッケィ氏(左)と勝俣氏(右)

「心の確信」と「ロジカルな理解」

勝俣氏が、IT業界の最前線でパソコンの普及に携わりながら、どんな激務の中でも常に感じていたことがある。

勝俣氏:ITって、人を豊かにすることに対して、どう役立つのだろう?

思えば、農機具メーカーに勤めていた父親の出張先に連れていかれ、農業者の方々に可愛がってもらった。父親からは、「機械化や技術がもてはやされる時代になっても、日本の最大のコンテンツは水と食べ物。日本の農業者に伝承された匠の技は、いずれ大きな価値となる」と刷り込まれた。

近代化のなかで置き去りにされた、日本の誇るべき水や食べ物、自然環境の再生を、ITでやりたい。匠の技という暗黙知を、ITを使えば形式知にできる。子供達が、生きる力を身につけるための教育にも、ITを使えば取り組めるだろう。

心はずっと、確信していた。しかし、どうすれば実現できるのか、その方向性や戦略をロジカルに組み立てるには、長い時間を要したという。

ロジカルに理解できたのは、モバイル、クラウドに続いてAIが出てきた2012〜3年頃です。

マイクロソフトでWindowsの立場から10年先のロードマップを描くなど、長期スパンでIT技術動向を捉えたキャリアは、「IT×農業」「IT×教育」の2つの使命をロジカルに理解する助けとなった。

ちなみに、マイクロソフト卒業後のキャリアについてロジカルに「確信」したきっかけは、Google DeepMind製のコンピュータ囲碁「AlphaGo(アルファ碁)」の登場だったそうだ。2016年3月に世界トッププロのイ・セドル九段を破り、日本でも「AIが人間をしのぐ」と一躍注目を浴びたが、これはディープラーニングを用いて画像認識精度を向上した点で画期的だった。

アントレプレナーシップが求められる時代に

勝俣氏:ロジックで腑に落ちるだけでは、結局今ある情報をいかに吸収するかに終始して、自ら生み出すという発想が出てきません。自分の原点に近いところで、ふつふつと心にあるものについて、どうやったらそれを形にできるのかを、常に自分の中で設問していくことが大事だと思います。

いま、大企業でも新規事業ラッシュだ。「出島」と呼ばれる特区的な組織を作って次の新たなビジネスの種を見つける動きや、新規事業の担い手となるイントレプレナー(社内起業家)の育成も加速している。起業家はもちろんサラリーマンでも、アントレプレナーシップが求められるこの時代に、勝俣氏の歩みは1つのロールモデルとなるのではないだろうか。

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