札幌の秀才中学生は、なぜ料理人を目指したか

 進路指導の教員は「アイヌは受験させない」と言った

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今博明さん

 店内に入ると、昆布の香ばしい香りが漂っていた。観光名所の「札幌市時計台」からほど近いアイヌ料理専門店「ケラピリカ」。アイヌ語で「おいしい」という意味だ。エゾシカのサッカム(干し肉)、サケのサッチェプ(薫製)、キトピロ(ギョウジャニンニク)の漬けもの。昆布の香りの出元は、具だくさんの汁物「オハウ」だ。自然の食材を優しい味付けで整えた民族の家庭料理がテーブルに並ぶ。伝統楽器ムックリのビョン、ビョーンという幽玄な音色も相まって食欲をそそる。

 店主はアイヌ民族にルーツを持つ今博明さん(52)。23年腕を磨いた大阪を離れ、昨年、店を開いた。「国内唯一のプロのアイヌ料理人」と胸を張る今さんがこの道を選んだのは、すさまじい差別を受けたことがきっかけだった―。(共同通信=大日方航)

 「アイヌは受験させないよ」。1983(昭和58)年、夏のある昼すぎ、札幌市内の市立中学校の狭い進路指導室だった。学習机を挟んだ向こうで進路指導の教員が放った一言。36年以上がたった今も忘れることはない。

 怒りも湧いてこなかった。ただぼうぜんとした。口を突いて出たのは「へぇ、そうなんや」。小学校時代を過ごした大阪で身に付いた関西弁だった。年上に敬語を使わなかったのは、後にも先にもこの時だけだ。

 勉強が大好きで、朝3時ごろまで机に向かうのが当たり前だった今さんの志望校は、北海道有数の進学校「函館ラ・サール」だった。模試の理数系科目は北海道で10位以内。学習塾では「体調を崩さなければまず受かる」と太鼓判を押されていた。

 だが、アイヌであるというただそのことだけで、願書すら出せなかった。

 あきらめが全身を襲い、学校への不信感が募る。受験勉強への意欲を失い、入試前日まで徹夜でマージャンに明け暮れた。「ばか校」と自嘲する高校に入学したものの、生活は漫然と過ぎていった。大学進学はせず、学歴に頼らない職に就こうと思っていたとき、父の勧めもあり、調理師になることを決めた。

 卒業後、親元を離れ大阪へ。調理師専門学校を出た後、東京と大阪のイタリア料理店を経て本場イタリアで1年修業、96年には大阪で自分の店を開いた。27歳の若さだった。

アイヌ料理専門店「ケラピリカ」を開いた今博明さん=札幌市

 「アイヌの踊りや歌を継承する人はいても、食を継承する人がいない」。あるときアイヌの友人に言われたことが刺激になった。約10年後、店でアイヌ料理を出し始めた。当初は色モノとして扱われた。が、人気漫画「ゴールデンカムイ」の影響で、徐々に料理を目当てに訪れる人が増え、評判も高まっていった。

 母ミエコさん(74)は、アイヌ料理を提供していることを告げると、普段見せたことのない涙を流した。「ありがとう」。アイヌである母の涙の理由は、差別された過去だった。

 「アイヌ」と聞くだけで動悸(どうき)が激しくなるミエコさんの右頰には、幼いころ鉛筆で刺されたいじめの痕がある。今さんは「おかんは中学を卒業するとすぐに家を出て美容師になった。ひどい差別を受け続けてきたのだと思う」とおもんぱかった。

 大阪で腕を磨きながらも、自らが育った札幌市にアイヌ料理専門店が少ないことがずっと気になっていた。「俺がやるしかない」。心を決めた。

 長年募らせていた望郷の念もあった。昨年5月末、札幌市に店を移すと、北海道のアイヌも通ってくれるようになった。3月末にはいったん店を閉め、札幌市内で店を移転予定だが、引き続きアイヌ料理を提供する。

アイヌ料理を前にする今博明さん

 教員のあの一言は人生を暗転させた。でも、あの日があったから今の自分があるとも思う。「ショックだったけど、おかげで自分らしい人生が送れている」

 「ラーメン、焼き肉、それともオハウ?」。アイヌ料理が当たり前の選択肢になる未来をつくろうと、今さんは日々腕を振るっている。

 ▽一口メモ「アイヌ料理」

 狩猟や採取などで得た肉や魚、山菜や海藻を用いた料理。オハウを主食に、煮物やあえ物、刺し身やたたきを食べる。素材の味を生かし、調味料には塩のほか、魚や獣の脂肪も使う。サケは特に大切な食糧で「カムイチェプ(神の魚)」「シペ(本当の食べ物)」と呼び、乾燥貯蔵して余すところなくいろいろな料理に用いる。

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