看護師を再び使い捨てにするな 崩壊の危機に国がやるべきこと

By 江刺昭子

新型コロナウイルスの重症患者の治療に当たる医療従事者=聖マリアンナ医大病院

 連日の新型コロナウイルス報道に接しながら、改めて気づくことがある。リーダーの器量の大小である。

 首相、大臣ら政府関係者、自治体の首長らが連日、テレビに登場する。マスクで顔を隠していても、表情や語り口から、熱意や決断力の有無、誰のために政治をしているのかが伝わってくる。

 それにしても、出てくる人、出てくる人、都知事を除いて男性ばかりだ。官僚も、医療の専門家たちも。制度を作り、運用し、この国を動かしているのは男性なのだ。

 対照的なのが、切迫した医療の最前線で働いている人たちだ。看護師の多くは女性だし、押し寄せる市民の相談に応じて、検査の可否を判断し、次のステップにつなげる仕事をしている保健師も、ウーマンパワーが支えている。

 看護師や保健師はもともと女性の職業だったが、近年は男性の参入が増えた。といっても、厚労省の調査(2018年末)によると、男性比率は看護師7.1%、准看護師6.3%、保健師2.5%で、あいかわらず女性が中心だ。

 ついでに言えば、働く女性たちを支えている保育園や学童保育、訪問介護の担い手も、ほとんどが女性である。それらの現場から悲鳴があがっている。

 中でも、いま最も深刻なのが看護師不足である。コロナ感染症の重症患者を治療するとき、人工呼吸器やECMO(体外式膜型人工肺)を装着すると、一般病床の患者に対するときに比べ、何倍もの人数の看護師が必要だという。

 体力的にも精神的にも厳しい状況であるため、看護師たちの免疫力が落ちて感染する危険も高まる。院内感染が起これば、感染の可能性がある人は現場を離れざるを得ず、ますます人手が不足する。この負の循環は、各地の病院で既に始まっている。

 市中感染や、自身から家族への感染を恐れて車中泊をしている人までいると聞くと、何とかならないかと胸が痛む。

感染患者のため、病室の外でケアの準備をする看護師=山形県酒田市の日本海総合病院

 人手不足解消のために、日本看護協会(福井トシ子会長)が離職中の看護師たちに復帰を呼びかけている。

 看護師不足は、いまに始まったことではない。毎年、新卒者が就職している一方で、離職者が多いからだ。看護協会の「2019年 病院看護実態調査」によると、離職率は正規雇用看護職員全体で10.7%、新卒の場合で7.8%もある。再就職者に至っては17.7%にのぼり、6人に1人が採用された年のうちに離職しているという。

 離職の大きな理由は「仕事がきつい」「賃金が安い」「休暇が取れない」といったブラックな労働環境にある。夜勤の繰り返しなど過重労働の結果、十分な看護ができていると感じられず、達成感がないというのも離職理由にあがる。患者によるセクハラ被害も多い。

 解決するためには、ワークライフバランスを重視する方向に転換し、働き方の多様化・柔軟化を認める必要がある。それが離職を防ぎ、看護師らの復職につながると指摘されながら、なおざりにしてきたツケがまわってきたといえる。

 国会会期中である。離職している看護師や保健師に戻ってほしいのなら、議員立法によってでも、待遇を改善する法律を早急に作り、危険な労働に応じた手当や、安心して働けるような感染対策を十分に講じてほしい。

 新型コロナに対する緊急経済対策について安倍首相は「世界的に見ても最大級」と胸を張るが、規模を誇るより、こうした緊急に必要なところにお金をかけるべきではないか。

 もう一つ気になるのは、感染症との闘いを戦争にたとえ、「国難」とか「非常時」という言葉が飛び交っていることだ。「こんなときだから国に尽くすべきだ」という声がどんどん大きくなり、離職看護師を追い詰めることにならないか心配だ。

 かつて、日中戦争から太平洋戦争敗戦時まで、日赤看護婦(日本赤十字社看護婦養成所を卒業した者)を中心に、5万人以上が従軍看護婦として戦地に赴いた。「忠君愛国」をたたき込まれた女性たちが、「女の兵隊」である従軍看護婦を志願したのだ。

 白衣の天使、崇高な女性ともてはやされ、「女ながらもあっぱれ」という賞賛の声が後押しした。だが、軍隊組織のなかでは最下層の傭人(ようにん)として扱われた。激戦地に送り込まれて命を落した看護婦も多いが、戦死者の総数すら、いまも詳らかでない。

 戦後補償も遅れた。兵隊には軍人恩給(年金)が支給されたが、「女の兵隊」は対象から外された。ねばり強い要求に応じて慰労給付金の支給が始まったのは、戦後30年以上たってからで、金額も少なかった。労に報いられることもなく、使い捨てられたに等しい。

 いま国難だからと、離職看護師たちの義侠心に訴えて、命の危険をともなう“戦場”に再び召集し、ゆめ使い捨てにすることがあってはならない。 (女性史研究者・江刺昭子)

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