コロナ禍で崩れた原油市場に再均衡の道はあるか リスク高まり、忍び寄る戦争の足音

By 藤和彦

米テキサス州ミッドランド近郊にある石油関連施設=2019年8月(ロイター=共同)

 世界の原油市場でとんでもないことが起きている。

 新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な流行)により、短期間で世界の原油需要の3割(日量3000万バレル)が消失してしまった。日量3000万バレルという規模はOPEC全体の原油生産量を超えるという途方もない数字である。世界の原油市場が、再び均衡を取りもどすことはできるのだろうか。それともふくれあがる在庫で世界は「油の海」に沈んでしまうのだろうか。(独立行政法人経済産業研究所上席研究員=藤和彦)

 ▽産油国が軒並み減産しても…

 現在のこの事態に慌てたOPECとロシアなどの非加盟産油国(OPECプラス)は4月9日に日量970万バレルの追加減産を決定した。追加減産の開始は当初5月からだったが、サウジアラビアを始めとするOPEC加盟国はこぞって4月下旬から減産を開始している。ロシアも同様の動きを示している。

 原油安の影響で、米国の原油生産量もピーク時の日量1310万バレルから100万バレル減少した。7月までにさらに日量100万バレル減少する見込みだ(4月23日付、世界の原油事情に詳しいOILPRICEによる)が、OPECプラスの減産分と合わせても、減少した需要の3分の1強に過ぎない。

 世界の原油市場が再び均衡を取り戻すためには、原油需要がパンデミック以前の水準にまで回復することが不可欠であるが、米金融大手モルガン・スタンレーは4月29日、「人々の行動様式が構造的に変化する可能性があり、需要の回復は抑制されることから、世界の原油需要は2021年第4四半期まで回復しない」との見方を示した。

 モルガン・スタンレーの予測が正しいとすれば、世界の原油市場は長期にわたって供給過剰の状態が続くことになる。

ウィーンの石油輸出国機構(OPEC)本部=9日(ロイター=共同)

 ▽世界が「油の海」に沈む?

 米WTI原油先物価格(5月物)は4月20日、史上初めてマイナスとなった。オクラホマ州にあるWTI原油の貯蔵施設が満杯になるとの懸念から、現物を引き取る事態となることを恐れた投資マネーが、取引終了日直前に大量の「狼狽(ろうばい)売り」を行ったことで発生した現象だった。

 米国では貯蔵スペースが足りない石油企業に対し、連邦政府が戦略石油備蓄(SPR)の空きスペースの開放を始めた(4月28日付ブルームバーグ)。原油生産の中心地であるテキサス州では輸送パイプラインに余った原油を貯蔵する動きも出る(4月24日付OILPRICE)など事態はさらに深刻になっている。このため、6月物の取引終了日である5月19日に向けて、原油価格が再びマイナスになるとの予想が強まっている。

 世界の原油在庫も急速に積み上がっている。経済協力開発機構(OECD)加盟国の3月末時点の原油在庫は30億5900万バレルと既に高水準になっており、このままのペースで行くと6月末には満杯になってしまう計算となる(4月26日付日本経済新聞)。世界は「油の海」に沈んでしまうのかもしれないのである。

 WTIと並ぶ世界の指標となっている北海ブレント原油価格は、WTIと異なり、現物受け渡しではなくキャッシュでの決済が可能であることに加え、過剰生産分を洋上のタンカーに積載することができ、貯蔵面でのボトルネックが少ないなどの理由から、価格がマイナスになりにくいとされている(4月21日付ロイター)。だが、このような異常な状態の下では何が起こるかわからない。

 リーマン・ショック後の米国経済を牽引(けんいん)してきた石油・ガス業界だったが、3月に既に全体の9%に相当する約5万1000人の雇用が失われ、今後さらに悪化する見込みである(4月21日付ブルームバーグ)。国際エネルギー機関(IEA)も同月3日、「世界の石油・ガス業界で約5000万人の雇用がなくなる」との見解を明らかにしている。

攻撃されて煙を上げるサウジアラビア東部アブカイクの石油施設=2019年9月(ロイター=共同)

 ▽露プラウダの黙示録の不気味

 米国を始めとする世界の産油国を救う手段はあるのだろうか。

 「OPECプラスの原油生産削減でも価格は上がらなかった。原油価格を元に戻すには戦争しかないだろう」

 このような物騒な文章を書いたのは4月21日付露プラウダ(英文版)である。

 ロシア側が想定しているのは、中東地域で勃発する限定戦争だと考えられるが、歴史を振り返れば、中東でのもめ事はしばしば原油価格を上昇させてきた。

 中東地域の地政学リスクの顕在化について、筆者はこれまで何度も指摘してきたが、そのリスクは一層高まっていると思わざるを得ない。

 今年1月初めに起きた米軍によるイランのソレイマニ司令官殺害以来、イラクと米国の関係は悪化するばかりである。イスラム国掃討を理由に2014年にイラクに派遣された米軍の駐留期限は年末に迫る。ポンペイオ米国務長官は「6月にはイラク政府と戦略的対話を行う」としているが、現時点でその機運は盛り上がっていない。むしろ親イランのシーア派民兵組織による米軍への攻撃が激化しており、米国側も「堪忍袋の緒」が切れそうな状態になりつつある。

 トランプ米大統領も「米国の恩に対し、イラクがあだで返すようなことをすれば厳しい制裁を科す」としている。そのような事態になれば、イランに続きイラクも世界の原油市場から排除されてしまう。イラクは盟友であるイランとともに中東地域における米軍にとっての強力な敵対勢力になるだろう。

 日本ではあまり注目されていないが、イエメン内戦に軍事介入したサウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)の間で深刻な亀裂が生ずる事態も発生している。イエメン情勢が混乱すればするほど、昨年9月に起きたサウジアラムコの石油施設への大規模攻撃の再来のリスクが高まるのではないだろうか。

 中東地域での新型コロナウイルスの悪影響がこれから本格化することが予想される中にあって、前述したプラウダの「黙示録」的な予言が当たらないことを祈るばかりである。

© 一般社団法人共同通信社