ステイホームとケムール人

怪獣マニア天野ミチヒロ氏のケムール人たちと私

 2020年、ウイルスが世界を襲う。こんな事態を誰が予想しただろう。

 1966年に放送された『ウルトラQ』の第19話(脚本・金城哲夫)が興味深い。

 『2020年の挑戦』と題されたこの回には、誘拐怪人ケムール人が登場する。

 頭から触覚を垂らし、フォッフォッフォと不気味な声を発しながらゆるゆると走るあのケムール人だ。

 2020年のケムール星では医学の驚異的な発達で500歳まで生きられるようになっていた。しかし、肉体は衰えてしまうので、地球人の若い肉体を手に入れるために地球へやって来たのだ。 

 生き延びるために地球人を誘拐しにきたケムール人。

 触覚から「消去エネルギー源」なるゼリー状の物体を出して人間をその場で消去し、ケムール星に電送。それを利用して自らの体に移植しようと企んでいたのだ。

 2020年、実際に襲ってきたのはケムール人ならぬ新型コロナウイルスだったが、まさに現在の我々を暗示しているような話でもある。

  

天野ミチヒロ氏の貴重なケムール人コレクション

 そういえば、道行く人々もケムール人に思えてくる。

 マスクで覆われて表情がよく見えないし、マスク越しの笑い声もちょっと不気味。

 これでゆっくり走っていたらまるでケムール人だ。

 だいたい、この時期にマスクをするのは、花粉症の人か芸能人か歯医者さんくらいだろうと思っていた。

 それがどうだ、今やマスクで顔を覆う人々ばかり。散歩の犬までマスクをしている。

 「ステイホーム」

 今や世界中の人々がこの標語を掲げている。

 そこで、ステイホームの過ごし方について少し考えてみた。

  密集しない、接触できない。そんな人々を満たすものは。

 テレビ電話や音楽、映画、ライブ、ネット配信サービス。

 聞き慣れない言葉があっという間に世の中に浸透する。

 「ソーシャルディスタンス」「Zoom会議」「テレワーク」「リモートワーク」………。

  そもそも「リモートワーク」って何?

 会社以外(すなわち家)で仕事をするということなのか。

 「亭主元気で留守が良い」とは、1986年に流行った防虫剤のCMのコピーだが「亭主元気でも留守じゃない」という現実はどうだ。

 我が家でも、慣れない在宅勤務にあくせくする夫を横目に最初はクスクス笑っていた。

 しかし、夕方になるというのに会社のサーバーにログインできないだの、電話で同僚にあれこれ聞きまくり、カチカチとパソコンのキーを連打する音にもちょっとイラッとしてくる。

 しかも、仕事中は外着だが、夕刻が近づくとすぐにリラックスウエアに早変わり。それが、上半身は外着だけど下半身はリラックスウエアだったりする。

 そんな様子を面白がって写真に収め、Z oomのように背景を変え、夫をどこかに飛ばして遊んでいる私。だけど、なんだかしっくりこない。

  

リモートワーク中の夫

 「夫の仕事を目の当たりにして〝へ、それっぽっち?〟と唖然とした」

 「夫との距離感にイライラしたので、思い切り遠いコンビニへアイスを買いに行かせた」という話を聞いてなんだか妙に納得したり。

  どんなに仲の良い夫婦だって、ずっと一緒にいればなんとなくギクシャクしてくる。

 朝昼晩と狭い家で仕事をし、飯を食う。見たくもないテレビをつけられて、趣味も違うとくれば溝が生まれ、違和感を抱き始めることになるかもしれない。

 そこで別居、離婚という選択肢もありだろう。

 最後は自分次第なのだから、嫌な状況からは逃げればいいと思う。

 私は、ちょっと早い老後だと思うことにした。

 日頃料理などしない夫が、私に代わってやけに楽しそうに台所に立って食事の支度をしてくれる。

 最初は怪訝に思っていたが、人の作る飯ほどありがたいものはない。

 一人で食べるよりも二人。しかも笑いがある食卓が何よりだ。

 

夫がこしらえたごはん

 この手強いコロナ禍を生き延びるには、自分で身を守るしかない。

 もしウイルスに感染したら相手に迷惑がかかるから一人の方がいい。

 「いざとなれば、離婚でも死別でもどんと来い!」

 私は一度死にかけているので、余計にそう思うのかもしれない。

 

 一人でいようが二人だろうが、三人だろうが、自分は自分。

 でも、せっかく家族なのだからと、遠くにいる家族のことをいつもよりじっくり考えてみる。

 今の暮らしのこと、自分の人生のこと、健康のことなどなどを考えてみる。そんなことを本当に冷静になって考えてみるには良い機会なのかもしれない。

 あるいは、写真の整理をしてみるとか。見たこともない映画を見るとか。

 積読していた本を読むもいい。やったことのない料理もいいだろう。

 ウクレレを弾くなんてのも、楽しいかもしれない。

 

写真の整理をしながら独身、新婚時代を懐かしむ

 とにかく、心穏やかにいられることはなんだろう。

 SNSを覗けば、コロナ関連や政治の目も当てられぬ言葉だらけ。

 その一方で、有名人が自宅でくつろぐ動画や写真もアップされている。

 かつて月刊明星や映画雑誌で見たグラビアみたいだ。

 有名人がプライベートを無料公開し、そこで歌ったり余興もしてくれる。

 そうやって、人々は互いを鼓舞し合う。

  私もこの連休を孤独に過ごす人々へささやかなエールを送った。

 「洞口依子黄金連休大作戦!」と題してプレゼントを届けけることにしたのだ。

 応募方法は、私がツイッターで出したお題に対して、面白い写真や笑える小ネタを貼り付けること。

 みんなアレコレ面白い写真を投稿してくださり私もリプライ。

 SNSがやや一方通行だと感じる昨今、「双方向性」というものを久々に楽しんだ。

 ちょうどレコードを整理していて、簡単に手放すのは嫌だけど誰かに聴いて楽しんでもらいたい盤がいくつか出てきた。

 そこで、とっておきのレコード3枚と、「洞口依子映画祭」パンフレットを17部、合計20人の方へプレゼントした。

 

プレゼントしたレコードやパンフレット計20部を梱包

 宛名を書いていると、国内にも行ったことがない場所がまだまだあると気づく。

 「どんなところかな」「何が美味しいのかな」という思いが浮かんでは消えてゆく。それも楽しかった。

 夫に手伝ってもらいながら二人でせっせと梱包していると、こうしてこの人といられる時間もそう長くはないのだろうな、とか考える。 

  結局、夫婦とはなんだろう。

 私はこの人の良いところも悪いところもきっと世界の誰よりも知っていながら、実は永遠に知り得ないのかもしれない。

 そして、一度家族になった相手はたとえ死別しようが離婚をしようが、ゼロにはならない。まるで予防接種のような痕が残るということも。

 そのような夫婦の離婚の葛藤を描いた『マリッジ・ストーリー』(2019年 ノア・バームバック監督)。現在Netflixで配信中なので、連休中の映画鑑賞としてオススメしたい。

 だけど、一番のオススメは何もしないことかもしれない。

 私は、この連休を安息日と考えて、何もしないでいられればいいなと思っている。

 何もしないに勝る贅沢はないのだから。(女優・洞口依子)

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