VRの可能性はゲームにとどまらない 米では社員教育や医療分野など広く導入【世界から】

ヘッドマウントディスプレーを装着した高齢者©https://www.lyncconf.com/

 新型コロナウイルス感染拡大による影が世界を覆っている。各国で実施されている外出自粛という環境下で多くの人が求めているのが「リアル感」。いくらネット越しに人と話をしても距離を感じてしまい、どこか物足りないからだ。それを解消する技術として、仮想現実(VR)に注目が集まっている。

 全ての世代にとって、なじみがある技術とはまだまだ言えない。しかし、第5世代(5G)移動通信システムの普及を受けて、VRの普及はさらに進むことが確実視されている。そして、読者の皆さんがまず思い浮かべるゲームやアトラクションだけでなく企業の社員教育など幅広い分野でも導入が進んでいる。(ジャーナリスト、共同通信特約=寺町幸枝)

 ▽急成長

 VRとは、英語のバーチャルリアリティーの頭文字を取ったもの。コンピューターグラフィックスなどの映像や音、振動により、まるで現実のような仮想世界を体験できる技術をいう。「ヘッドマウントディスプレー」と呼ばれるゴーグル型の端末などを使い、顔の向きや手の動きに連動した映像を体感する仕組みが主流となっている。

 ちなみに、2016年に大ブームとなった「ポケモンGO(ゴー)」は拡張現実(AR)技術を用いている。現実世界に架空の視覚情報を重ね合わせる仕組みで、専用のアプリがあれば携帯電話でも楽しむことができる。ポケモンGOが現実のさまざまな場所に「登場」することができるのは、ARゆえだ。

 VRの市場規模はどうなっているのだろう。総務省がまとめた19年版の情報通信白書によると、世界の市場規模は16年の16億7千万ドル(1792億8千万円)が18年には43億3千万ドル(4642億4千万円)と急増している。そして、21年は89億2千万ドル(9564億9千万円)まで成長すると予想している。16年と比べると5倍以上になる。

 VRを利用するための端末などの出荷台数も右肩上がりで増えている。16年の約1800万台が18年にはおよそ2・7倍の4900万台に到達した。

テーバー氏©イマース・インク

 ▽他者が見ているものを体験

 米国の企業が次々と導入しているのが「Empathy Awareness(共感意識)」を育てるトレーニングだ。企業に求められる社会的責任やダイバーシティー(多様性)にまつわることを学ぶためには起きた問題を「自分ごと」として考える必要がある。同時に、解決にはその問題に直面している人々の視点に立つことが必須だとされる。

 「VRは共感意識をトレーニングするツールとして適している」。そう話すのは、米国カリフォルニア州でVRの研究および学習教材を開発する「イマース・インク」で最高経営責任者(CEO)を努めるクイン・テイバー氏だ。「多くの米国企業が差別防止などのトレーニングにVRを利用するようになってきている。具体的には、典型的な男性社員がVR上で女性や障害者などになることでその人たちが見ているものを体験できる。結果、共感意識を高めることにつながる」とする。

 医療分野でも導入されている。米国では手術のシミュレーションで広く用いられているほか、幻覚や妄想を伴う統合失調症の症状を正しく理解するためにVRで疑似体験できるソフトもできている。

  実際の治療に生かす試みは米国を含め、始まっている。日本では国立精神・神経医療研究センターがVRソフトを開発する企業が共同で、うつ病の症状緩和につながる治療法の開発を目指している。ほかには旭川大が看護師の教育にVRを採用している。

ヘッドマウントディスプレーを通じて見えるVRの世界。違和感なく入り込んでいた©イマース・インク

 ▽リアル

 新型コロナウイルス対策で会って会話するなど直接の交流が大きく制限されている。この状況下でVRの需要が高まっている。米国では高齢者がVRを使って、実際には会えない子どもたちと対話することは珍しくなくなっている。

 とはいえ、VRはあくまでも仮想だ。現実ではないコミュニケーションで納得するのだろうか。テイバー氏は「VRが持つ最大の特長であるセンス・オブ・プレゼンス(リアルな存在感)のおかげで満足度は高い」と自信を見せる。「動画のチャットも、時間を共有しているという点ではリアルだ。しかし、お互いが窓越しに話をしているもどかしさがぬぐえない。VRでは教師が(米国の)カンザスにいて、生徒が(中国の)上海にいたとしても、同じ部屋で実際に話をしていような感覚を味わうことができる」と胸を張った。

 現在のように一人での学習を強いられているシーンでもVRは有効だ。ゴーグル型の端末をみんなが持てるようになればクラス全員で話し合えるだけでなく、一緒に実験することや遊ぶことも可能になる。学習目的以外にも子どもたちの精神的な健康を保つ方法として期待されている。

 英BBC放送は「有事においては、メンタルヘルスケアに特に注意をすべきだ」という専門家のコメントを報じている。散歩など体を動かしたりすることはもちろんだが、人とコミュニケーションを取り続けることも非常に重要だ。長期間に及ぶ外出自粛では、不安や孤独感にさいなまれ、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を患う人も出てくる恐れがある。こうした問題に対して、VR技術が人々の生活のよりどころになる日もそう遠くはなさそうだ。

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