5月

 換気のために開け放された窓から吹いてくる風が暖かいのは気のせいか。首からネクタイが外れた。カレンダーは5月▲桜前線が北海道に到達しました-と伝えるニュースの画面に咲き誇る桜を見ながら、そういえば、と新型コロナウイルスの感染拡大で、満開の桜を見上げる気分にさえなれなかったこの春のことを思う。通学路に子どもたちの姿はない。サークルの新人勧誘も職場の歓迎会も無期延期▲球音もスタジアムの歓声も遠いままの4月。「いつもの年ならカープが失速を始める頃…」と寂しげに笑うのは毎年、広島への遠征を欠かさない同僚▲政府の専門家会議が昨日「新規感染者は減少傾向にある」との見解を示した。少しだけ穏やかに聞こえた話しぶりに明るい兆しを見いだしていいのか、この人がカメラに慣れただけなのか-と余計な感想まで持ちつつ、会見の言葉に聞き入った▲〈ふるさとは遠きにありて…〉で知られる室生犀星に「五月」という4行詩がある。〈悲しめるもののために/みどりかがやく/くるしみ生きむとするもののために/ああ みどりは輝く〉▲悲しみに沈む人にはひらがなの優しいかがやきを、生きよう、と苦境で歯を食いしばる人には漢字でまばゆい輝きを。詩人の言葉をかみ締めながら、今しばらくの我慢を誓う。(智)

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