コロナ禍が浮き彫りにした「緊縮財政」という日本の根本問題

4月に発動された日本の緊急事態宣言が、5月末まで延長されることが決まりました。新型コロナウイルスの感染拡大を和らげて医療体制を保つ、公衆衛生政策を徹底するために、政府の判断はやむを得ないでしょう。

コロナ禍に対する安倍政権の対応に関してはさまざまな批判が聞かれますが、いくつかの点について筆者の見解を示します。


日本のコロナ被害を他国と比較

まずは、日本でのコロナ禍の被害は国際的にどう位置づけられるか、客観的なデータで確認します。感染者・死者が増え続けていることが日本のメディアでは日々強調され報じられていますが、コロナ禍の人的被害をみるために、各国の死亡率(人口100万人当たりの死者数、出所Bloomberg、5月6日時点)を使います。

日本の死亡率は4.48(死者567名)と、台湾0.25、香港0.53の人的被害が極めて小さい国には劣りますが、シンガポール3.54、オーストラリア3.88、ニュージーランド4.29とほぼ同様の死亡率と位置付けられます。

なお、中国の死者数は4637名、100万人当たり死亡率は3.27ですが、4月以降の感染者や死者数の数字の更新頻度が低下するなど、信頼性に欠けるため本稿では比較対象から除外します。

メディア等では、台湾以外にも、韓国やドイツがコロナ対策の優等生と言われています。韓国は、これまで感染検査が大規模に行われ、日本よりも一足早く経済活動が再開されました。現時点の韓国の死亡率は4.93で、検査が不十分にとどまっている日本よりもやや高い状況です。

また、問題にうまく対応しているとされるドイツの死亡率は87.7と、日本の約20倍の高さです。被害を抑制しているとされていますが、他の欧州諸国との比較でそう言えるということです。

米欧で死者が大きく増えていることは幅広く認識されていますが、他の米欧諸国の死亡率は、米国222、イタリア491、フランス385、英国453、スペイン553と、日本などアジア諸国と比べると、2桁以上も高く人的被害の深刻度合いは全く異なります。

米欧とアジア諸国の死亡率等の大きな差の原因は、さまざま考えられますが、今後感染症の専門家などの研究で明らかになっていくでしょう。何らかの疫学的な要因が影響している、と現時点で筆者は推測しています。

先進各国の死亡率の比較から、日本は、最も優れた台湾、香港には学ぶべきことが多いとは言え、コロナ禍の被害を、周辺のアジアの先進諸国の平均並みには抑制してきたと評価されます。

<写真:代表撮影/ロイター/アフロ>

ヒト、モノ、カネの制約が大きな要因

もちろん、日本のこれまでの対応に全く問題がなかったわけではないでしょう。緊急事態宣言を継続せざるを得なかった一つの要因は、他のアジア諸国のように新規感染者の増加に歯止めをかけられていない点です。

これは、3月以降の海外からの帰国者など新たな感染源が増えたことへの対応が不十分だった、外出などの自粛が徹底されなかった、が要因でしょう。この点は、後知恵かもしれませんが、政府、行政機関の判断や対応が正しくなかったと思われます。

ただ、それよりも正体不明な感染症拡大という危機時に備え、ヒト、モノ、カネを供給する公的部門が厳しい予算制約を課せられていたこと、が危機対応が不十分にとどまった根源的な問題と筆者は考えています。

先に述べた、3月の米欧からの帰国者への対応が不十分だっただけではありません。4月には東京圏などで重篤者が自宅待機を余儀なくされていたことなどが明らかになるなど、 PCR検査などがボトルネックとなりリスクが高い患者への医療提供が滞っていたようです。

医療・行政機関の運用が硬直的だったなどの問題はあるのでしょうが、ヒト、モノ、そしてカネの制約があったことが最も大きな要因だった、と筆者は考えています。

そもそも、先に述べたように、米欧のような深刻な危機とは異なり、他のアジア諸国同様に日本では死者や感染者は相対的には抑制されています。にも関わらず、ICU、病床、マスクなどの医療用具が不足するに至り、医療体制崩壊のリスクを訴える現場の声が強まる一方でした。

日本の医療制度に非効率な部分があるという問題はあるのでしょうが、そもそも危機時に医療体制を支えるヒト、モノ、カネが全般的に不足していたのでしょう。つまり、緊縮的な財政政策が、日本人の命を預かる医療体制を脆弱にしてきたという隠れた問題が、今回のコロナ禍であらわになったと考えます。

緊縮財政が招く人的被害

緊縮財政政策の弊害は、緊急事態宣言の発動にあわせて行われた経済対策にも表れました。4月の緊急事態宣言による広範囲な経済活動自粛への対応として策定された補正予算には、全国民への10万円支給(12兆円規模)、中小企業への支給金(2兆円規模)など即効性がある政府支出が含まれています。

ただ、限定された世帯への30万円支給(4兆円規模)で決まる寸前になって、全国民10万円支給に修正され補正予算が組み替えられる、という前代未聞の経緯がありました。緊縮的な財政政策を志向する政治勢力が、戦後最大規模の感染症と経済活動の落ち込み、という危機時における必要な政策対応実現の大きな障害になっているようにみえます。

5月末まで緊急事態宣言を延長されますが、感染拡大防止一辺倒ではなく、経済再開の条件や道筋をはっきり政府が示すべきと考えます。そして、経済活動抑制を続ける期間には、追加で広範囲な所得補償を中心とした財政政策の発動が必要でしょう。

ただ、5月7日時点で、安倍政権から具体的な追加財政政策は発表されていません。感染拡大を抑制するために必要な即効性がある財政支出を、米国と同規模に行うことが必要と思われます。

残念ながら、日本においては、「経済活動の自粛強要」が「不十分な所得補償(財政政策)」と併せて行われ、それが感染拡大抑制の障害になりつつあるようにみえます。

そして、新型コロナウイルス感染そのものの人的被害よりも、自粛強要を続けながら不十分な財政政策しか発動されないことが招く人的被害が、今後大きくなりかねません。これが、危機に直面する今の日本の最大の問題の一つだと筆者は考えています。

<文:シニアエコノミスト 村上尚己>

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