『ピュリツァー賞作家が明かすノンフィクションの技法』ジョン・マクフィー著、栗原泉訳 名文家の手練の筆運び

 タイトルから本書を一種のハウツー本と思って読んだら当てが外れるかもしれない。確かにノンフィクションの構成や取材、確認などの方法についてベテランならではの貴重な心得が書かれている。しかし米国の出版界事情や英語の文章術など、そのまま参考にならないものもある。そもそもそれなら日本にも既に多くの指導書、手引書がある。

 自らの文筆人生を振り返った本書でまず味わうべきは、ノンフィクションの老大家にして名文家による手練の筆運びだろう。5W1Hが明確でリーダブルな文章に心憎いレトリックやひねりの利いたウィット、その書きぶりは縦横自在、融通無碍の感がある。例えば著者が長年、寄稿した「ニューヨーカー」誌編集長の変人ぶりを紹介するくだり。

「(ボブは)一時期、自分のオフィスにプラスティック製のパンが二枚、一時間ごとにぽんと飛び出すトースターを置いていたことがある。ボブとこれまででいちばん長く話し合ったときは、トーストが三回も飛び出てきた。午後の遅い時間のことで、わたしが乗り損ねた列車の本数もそれと同じ数だった」

 科学、環境、旅、教育、芸能……多様なテーマを持つ著者の作品群から随所に文章が引用され、こなれた訳文を通して著者の卓越した筆力を堪能できる。

 ハウツー本ではないと書いたが、創作にまつわる箴言がそこかしこにちりばめられている。「構成とは題材の上に押し付けるものではなく、題材の中から生まれ出てくるものである」「執筆者は主に二種類――明らかに不安を抱えている人と、ひそかに不安を抱えている人――に分けられる」「(インタビュー相手から)何もせずに有用な反応を引き出したいなら、馬鹿なふりをすればいい」

 出版界の舞台裏を記した自伝的エッセーは、読み方を変えると、一編の記事、一冊の本を世に送りだすためにどれだけ多くの時間と労力と人材が投入されたかの記録でもある。米国におけるジャーナリズムの厚みと往時の出版界の隆盛を思い知る。

(白水社 2200円+税)=片岡義博

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