「アーセナルの給与が低すぎてバルセロナへ行った」A・ソング、移籍の理由を激白

かつてアーセン・ヴェンゲルが率いていたアーセナルに所属し、若くしてチームの中心的なMFに成長したアレックス・ソング。

19歳でバスティアから加入し、数年後に大ブレイク。高い身体能力に加えて攻守に渡って貢献できる能力を備えたボランチとして名を馳せていた。2010年のチェルシー戦ではこんなゴールも。

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パトリック・ヴィエラやマテュー・フラミニの後継者と言われた選手だったのだが…。

だが彼は25歳でアーセナルを離れてバルセロナへ移籍し、そこではレギュラーを獲得できず。それからのキャリアは急速に下降線を辿り、今季はスイスのシオンでプレーしていた。

『Metro』によれば彼は今回Instagramのライブで以下のように話し、バルセロナに行ったのはただ金のためだったと明かしたそう。

アレックス・ソング

「多くのサッカー選手は身分不相応に生きているものだ。

私はアーセナルに8年間いた。しかし、良い生活ができるだけのものをもらい始めたのは最後の4年間だけだった。

それは自分の給料が大幅に上がったからだが、それと同時に、自分がどれだけの浪費家であるかということに気付いたよ。

週に1万5000ポンド(およそ200万円)を得るようになったとき、私はまだ若かった。そして有頂天になっていたよ。

大物選手と肩を並べたかった。好きな場所で買い物をしたり、クレイジーな夜を過ごすこともできた。

練習に行くと、ティエリ・アンリというキングが素晴らしい宝石のような車でやってくる。自分に問いかけたよ。『いくら払っても同じ車に乗りたい』と。

ディーラーに行って、書類にサインして、支払の手続きをした。そして、キングと同じ車を手にした。

しかし、2ヶ月以内にその車は返却しなければならなかった。私のお金はすべてこの車に費やされていたよ。

ディーラーで『トヨタをくれ。この車はオレには高すぎる』と言ったんだ。

次に練習へ行った時、ティエリは言ったよ。『君の車はどうしたんだ?』と。私は『アレは自分には過ぎたものだった』と答えた。

アーセナルにいる間は10万ポンド(およそ1300万円)も貯金することができなかったが、人々は私のことを億万長者だと思っていたね。

バルセロナが契約をオファーしてきたとき、どれだけのお金が得られるかを見た。2度考える必要はなかったね。引退した後も妻と子供に落ち着いた生活を与えられると思った。

スポーツディレクターは『あまり多くの試合には出られないだろう』と言っていたが、私はそれに反発しなかったよ。億万長者になれることがわかっていたからね。

私はいつも言っていた。20歳でフェラーリに乗っている奴は貧乏人だと。何も成し遂げていないのだからね。しかし、50歳でベントレーに乗っている人物は尊敬に値する男だ」

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アーセナルでは貯金もできないほどの浪費をしていたため、バルセロナから提示された給与の額を見て即決したとか…。それならば試合にあまり出られなくてもよかったという。

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