「夏の甲子園中止」。政府による緊急事態宣言の解除地域が徐々に広がり、トンネルの〝光〟が見え始めた矢先に飛び込んできた一報は、各方面に衝撃をもって受け止められている。「感染拡大防止のため仕方がない」「夏の風物詩がなくなり寂しい」―。様々な反応が挙がるなか、球児や指導者など当事者たちはどのように受け止めたのか。(構成、共同通信=松森好巨)
日本高野連は20日、兵庫県西宮市の甲子園球場で8月10日から予定していた夏の甲子園大会と出場権を懸けた地方大会の中止を発表した。その理由について、新型コロナウイルスの感染・拡散のリスクが避けられないためと説明。夏の大会の中止は3度目で戦後初、選抜大会と春夏連続での中止は戦争での中断を除き史上初めてのことだった。
日本高野連の八田英二会長はオンラインでの記者会見で「球児の安全、安心に最大限配慮した。中止を選択せざるを得ない苦渋の決断。中止を伝えることはまさしく断腸の思いだった」と語っていた。
制限がある中で夢舞台へ向けて鍛錬を続けていた選手たちには落胆が広がった。
夏と同様に中止となった今春の選抜大会に3年ぶりの出場が決まっていた群馬・高崎健康福祉大高崎高の戸丸秦吾主将は「小さいころから野球をやってきて、甲子園でのプレーを一つの目標にやってきた。正直、気持ちの整理がつかない」。
大分・明豊高のエース、若杉晟汰主将は夏への希望が消えたことに「ものすごく悔しい。どうすることもできないので、素直に受け止めるしかない」。
「ここからの行動が大切」と語るのは青森・八戸学院光星高の中沢英明主将。「目標としてきた甲子園がなくなったという経験を糧に人一倍強い気持ちで練習していければと思う」と前を向いた。
教え子たちと向き合ってきた指導者も苦しい胸の内を明かした。2018年に2度目の甲子園大会の春夏連覇を果たした大阪桐蔭高の西谷浩一監督は「甲子園で日本一を目指すために来てくれた子たちばかりなので、何もさせてやれなかったという思い。どん底に落ちてしまった」。
苦境だからこそ前向きにと訴える監督の姿もあった。甲子園通算51勝を誇る高知・明徳義塾高の馬淵史郎監督は「自暴自棄になったり、目標を失ってふにゃふにゃの人間になったりしたらあかん。将来、つながるんやから」と部員たちを激励。青森・八戸学院光星高の仲井宗基監督は「今日、一日は泣いてもいい。新しい目標を見つけてくれ。このことが将来、良かったと言えるような日が来るかもしれない」と語りかけていた。
夏の甲子園中止を受けて、各都道府県の高野連では代替大会の開催を検討する動きが出始めている。
2017年夏の甲子園大会を制した埼玉・花咲徳栄の岩井隆監督は「(開催を)祈るのみ。子どもたちのために何とか地方大会を実現させてあげたい」。この願いは、高校野球だけではなく全国大会が中止に追い込まれた全ての部活動に携わる関係者の願いでもあるだろう。