オーナー社長に余命6カ月の宣告。義理の息子に会社を譲りたいが…

株式会社の経営者が相続をする際には、一般的な相続人の確定や配分の決定以外にも様々な決定事項があります。知っておきたい「落とし穴」とは? またいつから準備すればよいのでしょうか?

余命6カ月の宣告を受け、急いで3女の夫に会社を引き継ぐ手続きを始めた60歳の経営者のケースから、株式会社継承の手続きと注意点を見ていきましょう。


余命宣告から引き継ぎの準備に迫られた60歳経営者

正木裕二郎さん(仮名60歳)は、40代で会社を立ち上げ、順調に事業を拡大してきました。

先月、体の不調を訴え病院に検査に行ったところ診断結果は「胃がん」。家族に6カ月の余命宣告がされました。裕二郎さん自身ももう長くはないと感じ、真っ先に考えたことは会社のことでした。会社の後継者に考えているのは、子どもたち(長女、次女、三女)のうち三女の夫(波木誠二さん仮名35歳)でした。

誠二さんは三女と結婚した8年前から、裕二郎さんのそばで将来は後継者になる人材として働いてきました。家族も従業員も誠二さんに後継者になってもらうことは賛成です。

後継者になるのなら、会社の経営に関する決定権を持つという意味で、先代社長から会社株式を引き継ぐことが最良だと思われます。しかし、誠二さんが会社株式を引き継ぐにあたって2点懸念材料があります。

1点目は、波木誠二さんは、裕二郎さんの相続人ではないということ
2点目は、引き継ぐ会社株式の評価額です。

相続人以外に株式会社を引き継ぐ際の問題点は?

まず、懸念材料の1点目、「波木誠二さんは裕二郎さんの相続人ではない」のがなぜ問題なのでしょうか。裕二郎さんが余命宣告をされた今、病状が急変し、何も準備できないまま亡くなってしまうことになれば、誠二さんに対して相続による株式の引き継ぎが行われないことになります。

どういうことかというと、人が亡くなると遺言書がない限り、亡くなった人(被相続人)の財産は、相続人しか引き継げないからです。

裕二郎さんの財産は、会社の株式を含め、相続人の長女、次女、三女の3人で誰が引き継ぐのか話し合いをするということになります。実は、この話し合いでは「相続人以外の人に財産を渡す」ということはできないのです。ですから、一度相続人が引き継いだ会社の株式を、誠二さんは売買で取得するのか、贈与で取得するのかということになります。

誠二さんが会社の株式を取得するまでの間は、会社は誠二さんが引き継いだ形に見えても、経営に対する決定権を持っていない、雇われ社長になってしまうのです。

この状態を避けるためにはどうしたらよいのでしょうか。

まず、第一に裕二郎さんに遺言書を書いてもらうこと。「会社の株式をすべて誠二さんへ遺贈する」と書くことにより、相続が発生したときは、遺言書により会社の株式は誠二さんに引き継がれることになります。経営に関する決定権を持ったオーナー社長になるのです。

株式を相続人以外に譲るには? その注意点

そして懸念材料の2点目、引き継ぐ株式の評価額。

裕二郎さんは会社の株式を100%所有していて、裕二郎さんが会社を設立したときの資本金は300万円。1株5万円でした。当初1株5万円だった株式が今現在も5万円の価格とは限りません。裕二郎さんは頑張って会社を大きく発展させてきました。会社が成長すればするほど、会社の株式の評価は高くなっていくのです。

会社の株式1株当たりの株価を評価してみると1株50万円の評価になり、会社の設立当初より10倍、3000万円の価値になっていました。3000万円もの価値のある株式を誠二さんが遺言で引き継ぐとなれば相応の税金もかかってきます。その税金が負担できるのかという問題も同時に出てくるのです。

裕二郎さんの個人財産の中に含まれる会社の株式3000万円。会社の株式以外にも財産があるとはいえ、大きな割合を占めるのは確実です。相続人となりうる3姉妹は会社株式以外の財産を分けることになるでしょう。会社を存続させるためとはいえ複雑なお気持ちがあると思います。

今回、裕二郎さんのケースは、残された時間があまりなく、必要最低限これだけはということで会社株式を誠二さんへ遺贈するという遺言書を書くことにとどまりました。他の対策を考えるには裕二郎さんの気力、体力、そして時間も足りなくなっていました。

事業継承、どこから手をつければよい?

では、事業承継はどうやって進めていけばよいのか。

まず最初は現状把握から始めます。今回の裕二郎さんの会社のように会社の業績が良い場合、株価は高くなっていると想定されるでしょう。その株式を渡していくには多額の税金がかかるかもしれないと不安に思っていらっしゃる経営者の方も多いのではないでしょうか。

しかし、漠然と心配しているだけでは何も進みません。現状把握の手順として、まず税務上の会社株式の株価の算定とともに相続税の試算を行います。株価算定には専門的な知識が必要です。定期的に税理士等の専門家に株価算定を依頼するとともに、会社株式以外の個人財産も含めた相続税の試算をして、相続税がどのくらいになるのかを把握しましょう。

会社株式の承継の方法には、贈与・相続・売買がありますが、いずれの場合も、株価は低いほうが税負担・資金負担は少なくなります。会社の今後の事業計画も織り込んだ株価の将来推移を試算し、会社株式の移転時期を検討するのが良いでしょう。

財産分与の手順と相続税の注意点

次に、財産の分け方の問題です。財産の分け方を考える際に、ご自身の相続人は誰なのかの確認が大事です。相続人の確定、財産状況の把握、後継者の選定ができてはじめて財産をどのように分けていくのかという土俵に乗るのです。

財産をどのように分けるか決まったら、引き継ぐ予定の財産額に応じて、生前に引き継ぐなら贈与税、相続時に引き継ぐなら相続税に対する納税資金も考えなくてはなりません。特に会社株式を引き継ぐ後継者は、納税資金が足りなくなることが多く、対応策を検討する必要があります。

事業承継で最も大切なことは、後継者が安心して経営できる体制を作ること。経営に関する決定権をもたせることです。

そのために会社株式をすべて後継者へ渡すというお考えなのであれば、将来の遺産分割でもめる可能性はないのか、遺言書を作成する場合にはほかの相続人の遺留分に問題はないかなどを考慮し確認しておく必要があります。

経営者はいつから準備をはじめればよい?

今回の裕二郎さんの件に関しては、現状把握は完全なものではなく必要最低限の会社株式を後継者に渡すという遺言書のみ。納税資金に対する対応策もできず、相続人になりうる3姉妹の遺留分にまで配慮することはできませんでした。

会社の相続・事業承継は、スムーズに進められるか否かで会社の存続に大きな影響が出てきます。事業承継の検討から実行までの期間は3~5年ほどかけて行うことが多いので、早めに検討を始めてください。後継者がまだ決まっていないところはなおさらです。

まずは、現状把握から始めてみてはいかがでしょうか。

<税理士:藤原由親>

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