日本最古の道が奈良県に?!古道散歩で歴史を追体験してみませんか?

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 毎週月~金曜日 ゆうがた5時30分から放送している奈良テレビの「ゆうドキッ!」。今回は様々な角度から奈良を知るエキスパート・奈良まほろばソムリエの岡田さんに「奈良の雑学」を教えていただきました。

※この記事は5月27日に奈良テレビで放送された内容です。

 今回のテーマは「古道散歩で奈良を知る ~山の辺の道~」です。外出の自粛が求められる中ですが、お出かけができるようになった折には、奈良ならでは古道のお散歩コースはいかがでしょうか。日本の国の始まり・奈良(やまと)の地で、古代からの歴史ある道を歩くことで、この国が発展していく過程を追体験してみようということです。

奈良には歴史ある道が沢山ありますよね!

こちらは、古代の道路で、今回は奈良盆地の南北に通る道「山の辺の道」を取り上げます。山の辺の道は、三輪から奈良へ通じる古道です。延長約26kmですが、なかでも古代の面影を残す桜井から天理までの約16kmがハイキングコースとして親しまれています。また、山の辺の道は歴史に登場する日本最古の道で、3世紀にはじまる「ヤマト王権」発展の道でもあります。古代人が神聖視した三輪山こそが、ヤマトの語源そのもので、「ヤマ」は三輪山、「ト」は端、つまり山の裾という意味です。元々三輪山の麓の纏向(まきむく)地方の2キロ四方のごく小さな地域を「ヤマト」と呼んでいましたが、「クニ」の勢力範囲が広がるにつれ、それが天理、大和一国、そして日本を統一する国全体の総称としてのヤマトが誕生しました。

この話を知って散歩すると、日本のルーツを歩いている気分になりますね!

それでは、桜井からスタートして山の辺の道を「心の中で」歩いてみましょう。出発地の近くには大神神社や三輪山があります。日本が生まれる国造りをした「大物主大神(おおものぬしおおかみ)」という神様がいて、それが祀られているのが三輪山です。皆さん、山全体が大神神社の御神体という三輪山に登拝出来ることは知っていましたか?現在は、新型コロナの影響で4月18日から当分の間、登拝は停止されていますが、大神神社の摂社「狭井神社(さいじんじゃ)」で、入山手続きをすると登拝することが出来ます。

こちらのタスキは入山許可書です。神前に進む際の礼装の代わりとしてこのタスキを受け取って登拝して下さい。ただ、三輪山は神域なので、写真撮影・水以外の飲食は厳禁です。トイレもないので事前に済ませておきましょう。登頂近くでは、神様をお祀りした3つの祠(ほこら)を拝むことができます。下山後は、狭井神社にある「霊泉(れいせん)」で力をつけて、山の辺の道を歩くことをお勧めします。この霊泉は別名・薬井戸(くすりいど)と言います。万病に効くといわれる薬水が湧き出る井戸であることから「ご神水」として水を汲みに来られる人が多くいらっしゃいます。

こちらは、山の辺の道です。趣のある道を進むと「檜原(ひばら)神社」に出てきます。ここには元伊勢伝説というのがあります。天照大神(あまてらすおおかみ)が理想的な鎮座地を求めて各地を転々とされ、その最初の場所が笠縫邑(かさぬい)であり今の檜原神社でした。これを「元伊勢」と言って、今に伝えられています。更に、この場所には「三ツ鳥居」があります。

三ツ鳥居とは、足を踏み入れてはいけない神域との結界として設けられたものです。大きな鳥居の両脇に小規模な2つの鳥居を配しており、この三ツ鳥居を通して直接、三輪山を拝みます。拝殿も社殿もなかった大神神社の古来のかたちをよく伝えている、と言われています。

このような歴史や伝承があると知った上で神社にお参りすると、また一味違った散歩の楽しみになりますよね。また、神社からは鳥居の向こう側、西の方角に二上山を望めるので、景色もいいですよ!

次は、山の辺の道から少し西へ外れて「箸墓古墳(はしはかこふん)」をご紹介しましょう。

「箸墓古墳」は、最も古い時期の前方後円墳と言われています。孝霊(こうれい)天皇の息女で、大物主大神の妻の「倭迹迹日百襲姫(やまとととひももそひめ)」が葬られたと伝えら、宮内庁が陵墓として管理しています。古墳の周濠の一部が、日本ため池100選にも選ばれている箸中大池(はしなかおおいけ)となっており、古墳の姿がきれいに水面に映っています。また、同じく大物主大神の妻であった、活玉依媛(いくたまよりひめ)の緒環(おだまき)伝説、赤い糸伝説というのがあります。この伝説が三輪素麺の緒環として現在にも息づいています。

次の画像の三輪素麺のマーク、見覚え在りませんか?

こちらは、先ほどご紹介した大神神社・檜原神社の三ツ鳥居です。三輪の伝説から名付けられた素麺「緒環」は三輪素麺工業協同組合が正しいかと思います。から大神神社を通して宮中に今日でも献上されています。古代の伝説が現代に繋がっている感じがしますね。

さらに山の辺の道を進むと、天理市に入ります。天理市柳本に「行燈山(あんどんやま)古墳、崇神(すじん)天皇陵」があります。これ以外に、山の辺の道には巨大古墳が代表的なもので3つあります。

まず、「渋谷向山(しぶたにむかいやま)古墳」は全長300mで全国第8位。先ほどご紹介した「箸墓古墳」で全長280mで全国第11位です。いずれも前方後円墳 出現期の頃の古墳です。そして「行燈山(あんどんやま)古墳」は全長242mで第16位になります。

また、天理の柳本には三角縁神獣鏡(さんかくぶちしんじゅうきょう)が33面も発掘されて話題となった「黒塚古墳」もあります。この「三角縁神獣鏡」は、縁が文字通り三角形ということからこのような名前が付けられました。

このように、山の辺の道周辺には、キリがないほどヤマト王権にかかわる逸話や遺跡が残されています。歩くことで、古代日本の国づくりの過程を追体験するという、奈良でしか味わえない「山の辺の道」を散歩してみてはいかがでしょうか。

※この記事は取材当時の情報です。