こんな状況だからこそ観ておきたい! 不条理な憎悪の渦を描く『デトロイト』と『黒い司法』

『デトロイト』© 2017 SHEPARD DOG, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

「コロナ」と「暴動」

全く関係なさそうなコロナウイルスと暴動だが、最近「似ているなあ」と感じている。暴動が起きる前は、目に見えない不満、怒り、恐怖が都市に充満している。限界点を超えると、それが爆発する。爆発すると手がつけられなくなる。怒りの矛先が見えなくなることもある。鎮圧する側もこれくらい平気だろうと高をくくっていた時に起こるから、準備ができていない。準備がないと規律が失われ、絶対にやってはいけないことが起きる。

コロナウイルスは見えない。見えるものも怖いが、怖いものが見えないともっと怖い。怖いが、それでは生活できないと動き回る人もいる。限界点に達するとオーバーシュートとなる。収束のめどさえ立たなくなる。人権という言葉が無力になることもある。

常日頃から、暴動に備えるように感染症予防に気を使えというのは無理だが、感染症が発生した時点ですぐに対応できるよう対策は練っておく必要がある。

感染症と暴動は似ているが、大きな違いは、暴動が起きるには理由があること。つまり暴動の発生は防げるのである。原因を取り除けばいいのだから。しかし、面倒なのは人間という生き物の習性で、それができない。怒りは暴力を呼ぶのである。

1967年7月、デトロイト

黒人居住地にある違法バーで黒人の若者たちが集まり、ベトナムからの帰還兵の帰国を祝って、深夜パーティを楽しんでいた。そこへ警官がなだれ込み、全員逮捕。抵抗する銃も棍棒も持っていないのに逮捕するようなことか。その騒ぎに驚き飛び出してくる住人たち。日頃からひどい扱いを受けているので、文句の一つも言いたくなる。さらに人が集まると積もり積もった鬱憤を晴らしたくなる。投石を始める。

それが引き金になった。臨界点を超えると爆発する。収められない。収まらない。暴動が始まった。白人経営の店であろうがなかろうが関係なくなり、打ち壊し、略奪に発展し、火がつけられる。出動した州兵が「まるでベトナムだ」とつぶやく。半ば祭り騒ぎでテレビを奪って逃げた若者を、デトロイト警察の警官が後ろから散弾銃で撃ち殺す。発砲は禁じられていたが、なんの躊躇いもない。レイシストを警官にして銃を持たせると、こういうことになる。もう鎮火できない。

『デトロイト』© 2017 SHEPARD DOG, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

デビューを果たす予定だった黒人コーラスグループは、舞台登場直前にコンサート中止を告げられる。帰宅するしかないが、表に出るとそこは戦場となっていた。仕方なく、騒ぎから距離のあったモーテルに逃げ込み、アイオワから来たという若い白人女性二人と知り合い、その友人たちと合流。そのうちの一人が冗談でやった、くだらなすぎることがきっかけで、悲劇が始まる。

「アルジェ・モーテル事件」

この暴動で43人が死亡し、1189人が負傷したが、アルジェ・モーテル事件では黒人男性3人が「殺されて」いる。“狙撃犯”を捜索中の出来事だったとされているが、真相は不明。いずれにせよ、白人警官の持っていた銃で撃たれて死んだ。

『デトロイト』© 2017 SHEPARD DOG, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

この事件をキャスリン・ビグローは「記憶と記録に基づいて製作」した。狂気に駆られたとしか表現のしようのない警官を演じたのがウィル・ポールター。様々な役を演じる役者である。この『デトロイト』での演技は申し訳ないが、演技とは思えない。本当にウィル・ポールターは狂ったレイシストじゃないかと恐ろしくなった。私ならアカデミー助演男優賞をあげるが、実は2017年に公開されたこの作品は全く賞を受賞していない。一切無視されたと恨みたくなるほど、映画賞にはノミネートもされなかった。

『デトロイト』 Blu-ray&DVD発売中 発売元:バップ ©2017 SHEPARD DOG, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

同じ監督が撮った『ハート・ロッカー』がアカデミー作品賞を取ったのだから、これはそれ以上の評価を受けるべきなのに、そうはならなかった。気分が上がる作品ではない。「楽しめた」と言える作品でもない。嫌な思いしか残らない、明日も頑張ろうとは思えない“残念な”作品である。しかし、もっと評価されなければならない、もっと観られるべき作品だった。

1967年の出来事を50年経って思い出させてほしくなかったのか、沈黙のアメリカであった。

『黒い司法 0%からの奇跡』

弁護士のブライアン・スティーヴンソンによるノンフィクション「黒い司法」が映画化され、日本では2020年2月28日から公開された。この作品ではアメリカでいま、まさに本当に“いま現在”の司法の歪みが描かれている。黒人だけではないが、差別される側にいる人間がデタラメな裁判で死刑判決を受け、自由の国アメリカに殺されている。とても実際に起きていることとは信じられない。デトロイトで起きた暴動から何も変わっていないことを思い知る。

『黒い司法 0%からの奇跡』© 2019 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

他にも黒人差別をテーマにした作品は数あるが、『デトロイト』と『黒い司法』は、ぜひセットで観ていただきたい。亜紀書房から出ている書籍「黒い司法――黒人死刑大国アメリカの冤罪と闘う」も強くお勧めします。

『黒い司法 0%からの奇跡』© 2019 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

楽しいだけが映画じゃない。人間という恐ろしい生物を知るためにも映画を観ませんか。

文:大倉眞一郎

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