プログラミング教育がおもしろくない理由はどこにあるのか 「手引き」から読み解く

前回、プログラミング教育は重要だけれども、単に授業を実施するだけでは、子どもたちのSociety5.0を生きる「学び」にならないことをお伝えしました。今回は具体的にどこが問題なのか、「小学校プログラミング教育の手引」から読み解いていきましょう。

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プログラミング教育は夜明け前

コロナ禍にあって臨時休校だった学校が順次再開されはじめました。各種メディアは久しぶりの登校に、多くの子どもたちや家庭が安堵している様子を伝えています。しかし、この4月から必修となった小学校プログラミング教育をめぐっては、その現状は本連載のタイトルである「夜明け」ではなく、日の出前の空が白みはじめる前の真っ暗な「夜明け前」に時間が逆戻りしたような気がしています。

本来なら、4月からの新学習指導要領の全面実施によって、その目玉であるプログラミング教育は全国で創意工夫ある取り組みがはじまるところでした。ところが感染拡大防止のための臨時休校で、期間として約一ヶ月半から二ヶ月(授業日数としては30〜40日、授業時数としては約150時間程度)が失われ、今、学校現場はその回復のためにやっきになっています。夏休みの短縮や土曜授業などの実施によって、できる限り授業時数を回復しようとしています。それは国の規定である標準時数を確保することが、子どもたちの「学び」を担保した証になるからです。このような学校現場にとって、プログラミングの実施にプライオリティはありません。

しかし単に授業を実施するだけでは、子どもたちのSociety5.0を生きる「学び」にならないことは、前回お話しました。具体例として、今注目を集めている双方向のオンライン授業について、それが子どもたちをSociety 3.0(工業化社会)に適合させる、アナログ時代の指導方法として最適解であった一律・一斉授業の再生産となっていることに警鐘を鳴らしました。

「せっかく国が新学習指導要領によって、コンテンツベースからコンピテンシーベスへの学びに舵を切ったにもかかわらず、そしてそのためのインフラとして整備しようとしたICTが、今の多くはSociety 3.0に適合する授業のために活用されているとは、なんと皮肉なことでしょう」と。そしてプログラミングこそが、2つの「新しい学び」によってSociety 5.0の社会を生きるために必須の資質・能力を子どもたちに育むことを訴えたのです。

夜明け前だからこそ、課題の直視を

必修となったプログラミング教育ですが、そのために新しい教科が創設されたのではないことは周知の通りです。学習指導要領(総則)で「各教科の特質に応じて学習活動を計画的に実施する」とされたプログラミングは、その解説編(総則)で「教育課程全体を見渡し、プログラミングを実施する単元を位置付けていく学年や教科等を決定する必要がある」と明記されました。

これを受けて多くの先進校や民間団体などは、各学年の各教科でプログラミングを実施するカリキュラムを考案し、公表したのです。しかし、この4月の全面実施までの移行期間に、各教科でプログラミングを実施した学校は、大きな課題にぶち当たりました。

プログラミングを各教科の授業で実施すれば、当然その活動は「教科等で学ぶ知識及び技能等をより確実に身に付けさせ」(解説p86)るものでなければなりません。そのため実施教科のねらいと超有名な「プログラミング的思考」とが重なるであろう、論理的思考を主に用いる学習場面に活動としてプログラミングを取り入れることになります。しかし苦労して授業の計画を作ってプログラミングをさせてみても、結果、活動がおもしろくないのです。

技術的な問題として、子どもたちが授業で扱うプログラミング言語の操作に不慣れであれば、活動が楽しくないのは当たり前です。各教科の授業でプログラミングを実施する以前に、どこかで彼らが操作に習熟する時間を確保しなければなりません。教科の授業中にプログラミングの操作を教えていたら、「この時間は何の授業ですか」と詰問されてしまいます。

しかし活動がおもしろくない本当の理由は、別にあります。

その理由とは、教科の授業で行うプログラミングはあくまで「教科等で学ぶ知識及び技能等をより確実に身に付けさせ」るためのものであり、多くは学習内容の理解を促すための活動となっているからです。そこに多少の試行錯誤があったとしても、それは「失敗することに価値がある」活動ではなく、正解を探り出すためのものとなっているのです。

「プログラミング的思考」を正しく働かせることによって、知識と技能をしっかりと定着させるという授業設計(思想)では、子どもたちにとって「プログラミングはコンピューターとのコミュニケーション」、ワクワクする「新しい表現メディア」などという感覚を育む体験とはならず、ひいてはSociety5.0を生きる必須の資質・能力であるコンピテンシー(自己調整)を醸成するには至りません。

さらに学習指導要領で例示された五年生の算数「正多角形の作図」ですが、その授業のねらいは、わざわざプログラミングを用いなくても、従来の定規、コンパス、分度器を使った学習活動で十分に達成できるのです。プログラミングの必然性がないところに「プログラミング的思考」を育成するために位置付けた活動は、やはり多くの無理を生じさせているように感じます。

「手引き」にみる方針の大転換

文科省は小学校現場におけるプログラミング教育の円滑な推進を図るべく、平成30年の3月に「 」を公表しました。そしてこの手引きはこれまで3回の改訂が行われていますが、「第一版」から「 」(H30.11)への改訂は極めて注目すべきものとなっています。

小学校プログラミング教育の手引:文部科学省

「第二版」の改訂で特に重要なポイントは、「第一版」で小学校段階におけるプログラミングに関する学習活動を6つに分類したうちの、C分類での活動を全面に押し出し、推奨したことにあります。「第一版」では明確に述べられていなかったC分類におけるプログラミング内容、つまりは「教育課程内で各教科等とは別に実施する」プログラミングを全面に押し出し、その「取組例」までを提示したのです。

なぜ文科省は「第二版」でC分類での活動を全面に押し出してきたのでしょうか。学習指導要領解説総則編では「教科等で学ぶ知識及び技能等をより確実に身に付けさせることにある」としていたものを、「第二版」ではそのねらいにとらわれることなく、教科以外でもプログラミングが実施できることを明確にしたのです。

さらにはそれまでプログラミングに取り組むねらいを「プログラミング言語を覚えたり、プログラミングの技能を習得したりといったことではな」(解説p85)いと述べていたものが、「第二版」の「取組例」では、各学校の創意工夫で「 ①プログラミングの楽しさや面白さ、達成感などを味わえる題材などでプログラミングを体験する取組、②各教科等におけるプログラミングに関する学習活動の実施に先立って、プログラミング言語やプログラミングの技能の基礎についての学習を実施する取組 」などを実施できると明記したのです。はたしてこの相違をどう整合すればいいのでしょうか。

「第二版」の改訂を「第一版」との関連においてどうとらえるかで、プログラミング教育のカリキュラム・マネジメントに大きな影響が生じると考えます。「第二版」の改訂を「第一版」の内容の拡充ととらえれば、これまで通り教科内でのプログラミングを行って、うまく調整がつけばC分類でのプログラミングも実施可能な教育課程を編成することになります。しかし「第二版」の改訂内容を熟読すればするほど、それを「第一版」の拡充と理解するに止まるものではないと思えるのです。

先に見たように、学習指導要領解説総則編と「第二版」とではプログラミング実施の具体についての言説は、真逆です。読者の皆さんはどうお考えになるのでしょう。

改訂とは、基本「直して改める」という意味合いです。教科内でのプログラミングの実施は、先進校での取り組みからその全面実施を前に相当な難しさがあることが判明しました。だからこそ、文科省は「第二版」の公表に踏み切ったのだと考えます。(当初この「第二版」は7月に公表されると聞いていましたが、それが約3ヶ月も延びたことに内部でも相当な議論があったことが想像されます)

移行期間中に全国では教科でプログラミングを行う授業研究が多く開催されましたが、研究協議会では必ず両者のねらいの具現化が話題となって、その困難さが指摘されました。だからこそ「第二版」では、C分類の活動事例を全面に押し出し「プログラミングは、無理して教科の授業で実施しなくてもいいんだよ」というメッセージと、「取組例」において「プログラミングでコンピューターとコミュニケーションをとって、もっと思いを楽しく表現する活動を行ってください」というメッセージを込めたのだと理解しています。

繰り返しますが、「第二版」の改訂は「第一版」の内容の拡充ではなく、方針の転換なのです。文科省や経産省、総務省が推進するのみらプロ(「未来の学び プログラミング教育推進月間」)HPや小学校プログラミング教育指導案集を閲覧してください。そこには教科でのプログラミングの実践事例は紹介されてはいません。

みらプロ(未来の学びコンソーシアム)

前原のプログラミンング体系ー全部IchigoJamBASIC

さて私が校長であった前原小のプログラミングは、まさに「第二版」で示されたC分類の内容を、総合的な学習の時間における探究活動として実践しました。一言でその特色を言えば、「教科でのプログラミングではなく、プログラミングで教科の学び」です。そしてその活動をすべてIchigoJamBASICというプログラミング言語で貫くことで、他に類を見ない、まさに異彩を放つプログラミング体系&カリキュラムを編み出したのです。

図らずもプログラミング教育の実施については、時間が逆戻りしたような状況になっていますが、これはある意味チャンスです。これまで移行期間で明らかになったプログラミング実施における課題を踏まえて、改めてプログラミング教育の全体計画や指導計画を見直すことができるからです。そしてそのときに、ぜひとも前原小が創り上げたプログラミング体系&カリキュラムを参考に、教科での実施にとらわれないプログラミングで、子どもたちと一緒に試行錯誤を楽しむことのできる活動を計画してほしいと切望します。

次回は、前原小が創り上げた「全部IchigoJamBASIC」のプログラミング体系&カリキュラムの真髄をお話します。ご期待ください。

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