新たな特産「一味唐辛子」で原発避難からの復興を 福島・小高で奮闘する女性

「小高一味」の原料となる唐辛子

 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故から9年以上がたつ。事故で一時、避難区域となった福島県南相馬市小高(おだか)区は、避難していた人が戻ってきたものの、かつてのにぎわいにはほど遠く、住民同士の関係も以前より希薄になった。そこで「一味唐辛子」を新たな特産にして町の活気を取り戻そうと一人の女性が立ち上がる。「小高一味」と名付けられたこの商品。果たして、復興の「スパイス」となり得るか―。(共同通信=高田知佳)

 ▽イノシシ被害

 赤や黄の色鮮やかな粒がぎっしり詰まった小瓶に鼻を近づけると、つんとした香りが広がる。細かい粒子の唐辛子は住民が育て一つ一つ手摘みしたものだ。町の中心部にある「小高工房」で一味唐辛子の商品を作る広畑裕子(ひろはた・ゆうこ)さん(61)は「日が暮れるまでここにこもってずっと唐辛子と格闘しています」と高らかに笑う。

広畑裕子さん(手前)が立ち上げた小高工房

 広畑さんは小高区の出身。原発事故で避難指示が出た後、県内を転々とした。小高区の避難指示が解除されたのは2016年。久々に地元に戻ってまず驚いたのはJR小高駅前を行き交う人の少なさだ。「昔のように人間関係の濃い小高はどこへ行ってしまったのか」。厳しい現実を前に切ない思いに駆られた。

 そんな中でも、道でばったり昔の顔なじみに会うとうれしくなり、おしゃべりに花を咲かせた。これまでの暮らし、これからの小高について。不安を口にする住民も多かった。そんな時、畑仕事をしていた知人が「野菜が全てイノシシに荒らされてダメになってしまった」と悲しげに話した。

 ▽ひらめき

 イノシシなど鳥獣被害は小高区だけでなく、国の避難指示が出た自治体で深刻だ。人の住まなくなった家にイノシシが侵入して荒らした形跡があったり、多くの車が行き交う国道でもたびたび目撃されたりしている。

 再び町の営みが戻った小高区でもイノシシが増えたため、被害は絶えなかった。しかし、その知人が「なぜか唐辛子だけはイノシシに食べられなかったんだよな」とぽつり。小高に戻ってきてから、地域おこしの起爆剤となり得る特産品をつくって地元を盛り上げようという思いを抱いていた広畑さんの頭の中に「これだ!」とひらめきが走った。

 調べてみると、唐辛子は比較的容易に栽培できることが分かった。自宅のベランダや庭でプランターに植えて育てることができる。自分だけでなく多くの人に協力してもらうことで、震災前のようなつながりが強い小高を少しずつ取り戻すことができるかもしれない。広畑さんはすぐに行動を起こした。「小高工房」を立ち上げると、唐辛子の苗を100円で住民に販売。育った実を買い取って加工する仕組みを考案した。

 口コミや会員制交流サイト(SNS)で協力を呼び掛けると、17年に3軒だった協力先は昨年80軒以上に拡大した。農業経験のない主婦や市職員ら20~90代の幅広い層が参加している。

 ▽赤字

 「育てる人によって買い取り価格は変わる。結構性格が出るんですよ。きちょうめんな人はかなり実がたっぷり収穫できるんだけど、その逆は…」。それでも帰還した住民同士で育て方を話し合う様子を耳にすると、うれしくなる。

「小高一味」を紹介する広畑さん

 大辛2種、激辛、そば専用などの商品を小高工房やオンラインショップで販売する。リピーターもいて好評だが、ただ事業はまだ赤字だ。「市販の唐辛子はほとんどが海外産。いまどき手摘みの唐辛子を売っている会社なんてありませんからね」。厳しい状況にあっても広畑さんの表情は明るい。津波で親戚や友人を多く失い「生きているだけで素晴らしいことなんだ」と思うようになった。「一人一人がやりたいことに一生懸命取り組めば、それが広がり良い町になる。私がやると決めたのが唐辛子なんです」

 ▽共に明るく

 小高区の人口は約7千人だが、住民票を置いたまま区外に暮らす人が半数を占める。「人が戻ってこないって悲観する人もいるけど、本当にそうなのかなって」と広畑さんは問い掛けた。人は生まれる場所を選べない。当たり前のようにその土地で育って、中には大人になると地元を出て一生戻ってこない人もいる。「避難指示がかかって一度全員いなくなった町に、再び小高を『選んで』くれた人が半分もいる。これって実はすごいことじゃないですか」

小高区の中心部

 広畑さんは、帰還を決めた住民と明るい町を取り戻そうと懸命だ。未経験な仕事も多く、失敗は付きものだった。「だけどね、『できない』っていうと手を差し伸べてくれる人が必ずいるんですよ。そうやってまた人と人とがつながる。無謀だって言われることもあるけど、これが私のスタイルなの」

 津波や原発事故による避難生活を乗り越えて帰還した仲間たち。これからも当たり前の日常に感謝しながら、共に明るく生きていくと誓っている。

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