横田滋さんからの「遺言」 制裁一辺倒では拉致問題は動かない

By Kosuke Takahashi

北朝鮮に拉致された横田めぐみさんの父親、横田滋さんが亡くなられたことを受け、横田早紀江さん(84)と、双子の息子の拓也さんと哲也さん(ともに51歳)が6月9日、衆議院第一議員会館で記者会見した。会見は「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会」(救う会)の主催で、大勢の記者やテレビクルーが駆け付けた。筆者も取材を申し込んだところ、許可されたため、会場で取材した。

記者会見する(中央左から)横田拓也さん、早紀江さん、哲也さん=9日午後、東京都千代田区(高橋浩祐撮影)

●早紀江さんの気丈な姿

会見前、筆者が一番心配していたのは、早紀江さんが最愛の夫を亡くし、とてもがっくりされているのではないかということだった。早紀江さんにとって、滋さんは夫婦の絆以上に、長年拉致問題解決に向け、ともに戦ってきた戦友である。しかし、早紀江さんは会見で私たちの心配を払いのけるかのごとく、気丈な姿をテレビを通じて日本国中に見せてくれた。

 「最後に主人に話をしたときに、『これからも絶対に頑張るからね、大丈夫だから』と言いましたし、本当にたった1人の女の子ですから、何の罪もなく、40何年間もこんな目に遭わされていることを、本当に日本の国が放置しておかないように、何年たっても時間がたっても必ず取り戻す」

 「どこまで頑張れるか分かりませんが、力のある限り、子どもたちの力も借りながら、また先生方の力を借りながら頑張りたい」

 「行けるものなら『返して』と北朝鮮に乗り込みたい」

 「(拉致問題解決は)一刻を争うものすごく重大な日本の国家の問題です」

早紀江さんは悲しみをこらえながら、しっかりと力強く語った。

●姉と父の無念さを強く代弁

拓也さんと哲也さんも会見中、何度も北朝鮮への深い怒りと憤りを露わにした。わずか13歳で北朝鮮に突如連れ去られた姉と、その最愛の娘に再会できずに亡くなった父の無念さを強く代弁していた。

哲也さんは「拉致問題が解決していれば、被害者家族も幸せになれ、全てがウィンウィンの関係になれたにもかかわらず、彼らはそれをやらなかった。(金正恩氏は)本当に愚かなリーダーだと思います」と述べた。

拓也さんは「2002年の日朝首脳会談後に父が泣いていた姿を見て、そして今回、父が他界したことを受けて、私個人は本当に北朝鮮が憎くてなりません。許すことができない。どうしてこれほどひどい人権侵害を平気で行い続けることができるのかと不思議でなりません。国際社会がもっと北朝鮮に強い制裁を科して、この問題解決を図ることを期待したい」と述べた。

●滋さんは対話姿勢を貫いた

滋さんは、拉致問題解決運動が北朝鮮に対して敵対的になりがちな中、経済制裁一辺倒ではなく、対話を訴える姿勢を貫いた。このため、北朝鮮に対して断固たる強硬姿勢を見せる支援組織「救う会」の活動方針に相反することがあった。

著書『めぐみへの遺言』(2012年発刊)の中で、滋さんは「制裁制裁といっても全然解決していないし、制裁の強化をと救う会は主張するけれども、金正日が亡くなって今交渉のチャンスが巡ってきたのだから、強化するより緩めるべきです」と明確に述べた。

さらに、「日本は日本で死亡確認書がデタラメだったとか、めぐみの遺骨がニセモノだとか騙されたと思っている。向こうは拉致を認め、新しいものを出せば出すほど日本が遠くへ行くと考えている。そういう金縛り状態になって、それがずっと続いているのです。そこを突破するには、制裁一辺倒ではなく話し合いに向けて動くしかない」とも滋さんは述べた。

滋さんは2009年4月に筆者の取材に対しても、「北朝鮮に圧力をかけても金正日体制の崩壊にはつながらない。もし北朝鮮が普通の国ならば、それは起こるかもしれない。しかし、北朝鮮の指導者は、一般国民が死ぬことを何とも思っていない。食料不足になっても、彼らは国民より先に、自分たちのことを常に優先している」と指摘していた。

2009年4月、川崎市内の横田さんご夫妻の自宅マンションで(左端は筆者)(高橋浩祐撮影)

北朝鮮に対し、今、日本が取るべき姿勢は対話重視か圧力重視か。筆者は、拓也さんと哲也さんが北朝鮮に対し、対話より圧力の強い姿勢で対峙すべきだと主張していることを知っていたので、記者会見で次のように問うた。

「滋さんはどちらかというと、私の印象では、北朝鮮に対して、経済制裁強化一辺倒というよりも、現実的で対話の糸口を何とか探していかなくてはいけないという信念の揺るがなかった方だと思います。拓也さんと哲也さんは、その滋さんのおっしゃっていたことを踏まえて、今後どのように運動されていくのか。経済制裁を強めて、即時全員一括返還という流れでこれからも運動をされていくのか」

拓也さんは、全拉致被害者の即時一括帰国を目指す「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会」(家族会)の事務局長、哲也さんは事務局次長をそれぞれ務めている。

これに対し、拓也さんは「外交をしていく以上は、こちらがいて、相手がいる。絶対に交渉をしなくては物事が進まないのは当たり前の話なので、それは政治家同士、政権同士が交渉していくことは重要なことだと思います。私はあえて父よりも母の言葉を借りて言うと、私は小さい頃に、そして、私だけでなく、皆様方も親から教えられたこととして、間違ったことをしてはいけないと教えられたと思います。何が正義で何が邪悪かを知った時に、今、北朝鮮がやっていること。拉致を43年前に行い、今も人質外交を続けていることが正しいのかどうかということに立ったときに、日本人や日本国が何も言わずに、相手の言うことを聞き続けることがいいのかということを、私たち自身、国民自身、ジャーナリズムがそれを意識する必要があると私は思います。以上です」と語気を強めて答えた。

哲也さんは「ご質問のところに関しては、『圧力と対話』という言葉にまとめられると思います。会話だけですむのであれば、とっくに済んでいますね。済まないから拳を上げて、こちらに誘導しようとしていると思います。親が子どもをしつける時も甘やかしているだけでは子どもは言うことを聞かない。学校の先生がクラスの生徒をしつけるのもそうだと思います。やはり出来ていない人には、会話はどこかの場面で必要でしょうが、圧力が必要だと思います。一辺倒というわけにはいかないでしょうが、絶対に必要ですし、政府にはそれを堅持してほしいと思っています」

拓也さんと哲也さんは言ってみれば、対話と圧力のハイブリッドで北朝鮮に働きかけていく姿勢を見せたが、対話よりも圧力の方に傾いているとの印象を持った。

ただ、日本政府としては、要人の往来や輸出入の規制など、すでにできる限りの圧力は実施している。

日本政府の情報機関のある当局者も筆者の取材に対し、「今後日本が何か単独で利用できる有効な圧力カードはほとんどないと思われる。日本が行える圧力は何かと考えると、せいぜい国際世論に国連制裁の強化をさせるよう積極的に働きかけることくらいしかない」と述べている。

筆者は何も北朝鮮の拉致という国家犯罪の悪事を許し、北と交渉すべきだと言っているわけではない。北朝鮮による拉致問題や人権問題については人一倍手厳しく批判してきたと自負している。

2014年2月、川崎市内の横田さんご夫妻の自宅マンションで(右端は筆者)(高橋浩祐撮影)

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安倍首相も2017年9月の国連総会で「核ミサイル計画を放棄させるために必要なのは対話ではなく圧力」「拉致・核・ミサイル問題の解決なしに北朝鮮に未来はない」と批判した。しかし、2018年に入り、南北朝鮮の融和が一気に進み、同年6月に史上初の米朝首脳会談が実現すると大きくトーンダウンした。「北朝鮮がもつ潜在性を解き放つため助力を惜しまない」「金正恩委員長と直接向き合う用意がある」などと前提条件なしでの日朝首脳会談実現の考えを示すようになった。これまでの立場を転換したものの、拉致問題を解決済みとする北朝鮮の態度を変えることは出来ず、小泉政権以来となる日朝首脳会談は実現していない。

拓也さん、哲也さんが訴える制裁強化が、安倍政権の後押しになるのかどうか。北朝鮮にとっては、家族会や救う会が北朝鮮への圧力を高めるいわばbad cop(悪い警官)、そして、日本政府が対話姿勢のgood cop(良い警官)となり、役割分担を果たしつつ、北にうまくアプローチをしていくことにつながるのか。

あるいは、家族会や救う会の北への強硬路線が、世論に敏感な日本政府の対北朝鮮外交の自由度や柔軟性を奪い、拉致交渉に当たっての阻害要因になる恐れはないのか。

拓也さんは会見で、「私は子どもとして、『金正日が許せない。ボコボコにしてやりたい』と父にお酒を飲みながら話したことがあるのですが、珍しく父が『そんなものでは済まされない』と言ったことがありました。普段皆様方の前では決して口にしないし、怒りの表情を見せない父は、きっと私たち以上の何倍、何十倍も実は頭にきていて、怒りにきていて、でも、それを皆さんにうまく伝えて、姉の救出を最優先にするためにいつも戦ってきたと思っています」と述べた。

会見の場には、北朝鮮による日本人拉致問題の解決を目指す超党派の拉致議連会長を務める古屋圭司元拉致問題担当相ら大勢の国会議員もきていた。拓也さんと哲也さんは拉致問題を動かすため、すべてをわかったうえで、より一層の政治家の助力を要請する意味でも、あえてインパクトの強い発言をした可能性もあると筆者はみている。

2017年2月5日に早紀江さんの誕生日にあわせて行われた「横田夫妻を囲む会」で笑顔を見せる早紀江さんと滋さん(高橋浩祐撮影)

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