財務事務所係長の肩書脱いで地域へ

「情熱」が参加資格の交流会「テラロック」主宰

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テラロックで話す寺西康博さん=19年10月21日

 「組織の中でがんじがらめになっている人を解放したい。肩書を外し、主体的に行動する個人が結びつくと社会は変わる」。四国財務局に勤務する寺西康博さん(34)は昨年夏から、故郷の高松市でさまざまな人が集まる交流会「テラロック」を主宰している。唯一の参加資格は「情熱を持つ個人」。まちづくり、働き方、観光など毎回テーマを設けて登壇者がアイデアや取り組みを発表し、熱い議論を交わす。名刺には「四国財務局徳島財務事務所企画・経理係長」とある。役所の中では一人の若手にすぎないが、個人「寺西康博」の挑戦は、狭い範囲ながら地域の支持を集めつつある。初期投資はゼロ。共感を生み出す場をつくることで地域の価値創造を目指している。(共同通信=浜谷栄彦)

第1回テラロック。奥でマイクを握っているのが寺西康博さん=19年7月9日

 ▽最初は空回り

 昨年7月9日の第1回テラロック。寺西さんは集まった80人を前に「人々の認識をリフレームしたい」「熱量純度の高い多様で稠密(ちょうみつ)な場をつくる」とまくし立てた。参加者は真意を測りかねて戸惑い、現場にいた筆者も何を目指しているのか理解できなかった。登壇した高松琴平電気鉄道(ことでん)の真鍋康正社長が「言葉が上滑りしている」といさめたほどだ。当初は「オープンイノベーション地域交流会」という〝お役所風〟の名称だったが、真鍋さんの提案で「寺西ロックフェスティバル」、通称「テラロック」となった。

 独自に築いた幅広い交友関係を基盤に回を重ね、テラロックは少しずつ洗練され、認知度も高まっていった。今年5月にオンラインで開いた第5回のテーマには「金融」を選んだ。投資家の世界で広く知られたコモンズ投信の渋澤健会長や金融庁の遠藤俊英長官らも登壇して約150人が参加、新型コロナウイルスの感染拡大で多くの事業者が打撃を受ける中で地域金融の役割を探り、活発な議論が交わされた。寺西さんは4月から週1回、地元テレビ局が放映するニュース番組のコメンテーターも務めている。

オンラインで開催された第5回テラロック。左下が寺西康博さん、右下は遠藤俊英金融庁長官=5月24日

 ▽財務省出向が転機に

 寺西さんは地元の香川大経済学部に進み、4年生の春に金融機関から内々定を得る。実家のうどん店の経営が苦しい時に支えてくれた銀行員に漠然とした憧れを感じていた。でもなぜか「自分の特性を最も生かせる場所は他にあるんじゃないか」と考え直した。3カ月の猛勉強で国家公務員Ⅱ種試験(当時)に合格、2008年春に四国財務局の職員になった。

 「周囲とあつれきが生じないように」(寺西さん)気を配りながら仕事の基本を学んだ後、13年7月から財務省に出向した。本省勤務の2年目、恵まれない環境にある若者を支援する厚生労働省の政策の予算査定に携わる。東京都八王子市にある児童養護施設を訪れ、家庭の事情で両親と暮らせない少年たちを知った。落ち着いているように見えるが、時に暴れることもある。住み込みで世話をする夫婦は「生まれながらに不良行為をする子どもはいない。全ては環境がつくる」と言った。

 家庭に居場所をなくした少女たちの話も聞いた。親の暴力や育児放棄が原因で進学できず、屈折した感情を垣間見た。その一方で、財務省の同僚は仕事に誇りを持ち、昼も夜もなく働いている。目の前にかけ離れた世界が存在していた。自分が間に入ることで、理解し合うことが難しい関係にある人たちを結びつけられないか-。「自分に初めて主体性が生まれた瞬間だった」と寺西さんは振り返る。四国に戻り、まずは同業者と横の連携をつくる。県庁や市町の若手公務員を集めてフォーラムを2回開催した経験がテラロックへとつながった。

記念撮影する第1回テラロックの参加者=19年7月9日

 ▽心に火を付ける

 テラロックは参加者の間で経済を話し合う場というイメージが定着した。だが寺西さんは「経済的な価値を最優先にしているわけではない」と話す。「人は学歴、職業、収入、知識量といった既成のものさしで自他を測り、属性の違う人と距離を置く傾向にある。こうした習性が社会の分断を生んでいるのではないか」と感じている。自分が起爆剤となって「誰もが対等な目線で話し合える空気をつくってみたい」。それが本当の狙いだ。

 「異質なものと出会う機会が増えるほど、自分の価値に気づくチャンスが広がる。僕自身、外の世界と交わることで視野が大きく広がった」。「これからは誰かの心に火を付ける生き方をしたい」と寺西さんは言う。自ら考案したテラロックのロゴは炎がモチーフだ。

 寺西さんの取り組みは参加者の地域のビジネスにも好影響を与えている。テラロックを起点に、家業を継いだ地元の2代目、3代目経営者たちのコミュニティーが育ち、互いの協業が生まれた。自分の職業や生き方を堂々と語る登壇者の姿は、イベントに参加した大学生ら若者に強い印象を与えている。

テラロックで話すことでんの真鍋康正社長(主催者提供)=19年7月9日

 ▽謎の責任感

  ことでんの真鍋さんは、17年12月に1人で社長室を訪ねてきた寺西さんのことが忘れられない。若手公務員によるフォーラムへの登壇を懸命に要請する初対面の青年。「やむにやまれず動いている印象を受けた」。なぜかクリスマスの夜だった。

 四国は全国に先駆けて働き手の人口が減っている。自治体の財源である税収は細り、企業は収益を確保するのに四苦八苦している。テラロックを応援する真鍋さんは「行政と市民が腹を割って打開策を話し合わないと地域は持たない。お堅いイメージのある財務局の職員が謎の責任感で愚直に実践している。隙があり、周囲から突っ込まれやすい性格もリーダー向きだ」と期待を寄せている。