黒人と警官の遭遇が悲劇的結末を迎えてしまったのはなぜか?抗議デモが拡がるいま読むべき『Talking to Strangers』翻訳版発売!

2019年にアメリカで発売され、 たちまち150万部突破の大ベストセラーとなったマルコム・グラッドウェル『Talking to Strangers』の翻訳版『トーキング・トゥ・ストレンジャーズ 「よく知らない人」について私たちが知っておくべきこと』が光文社より6月17日(水)に発売されます。

軽微な違反で警官に車を止められた黒人女性は、 なぜ逮捕され、 数日後に留置所で自殺することになったのか。 有名アメフトコーチによる少年たちへの性的虐待が長年発覚しなかったのはなぜか。 大学キャンパス内での強姦事件が増えているのはなぜか。 誰もがある女性を殺人犯に違いないと思い込んだのはなぜか――。

これらの悲劇はすべて、 人は初期状態では他人を信用してしまうという性質、 そして、 人の感情や考えは顔や態度を見ればわかるという根本的な間違いに起因している。 「他者」はあなたが思うほど単純ではないのだ。 ではわたしたちは、 どのように他人について判断すべきなのか。

『第1感』『天才!』などの世界的ベストセラーを送り出してきたグラッドウェルが、 多様な実例と鋭い洞察力によって、 人間の性質の暗い側面についての定説の誤りを暴き、 「他者といかにつきあうか」という人間の根源的な営みに新しい光を当てる。 他者と出会う機会がかつてなく多い時代における必読の書!

担当編集コメント

「次にグラッドウェルは何について書くのか?」ということは、 全米の知識人層の関心事ですが、 「直感の力はいかに働くか(『第1感』)」「天才はいかに作られるか(『天才!』)」といった既刊のテーマと比べると、 「なぜ人は他人のことを理解できないか」という本書のそれはなんとなく陰鬱です。 とはいえ、 私たちは21世紀になってもいまだに人種や民族同士の暴力的な衝突や、 国家元首同士の罵り合いを目にし、 身近なところでもSNSでの誹謗中傷、 職場でのコミュニケーション不全などのトラブルを経験しています。 結局、 人間同士の争いの根っこの部分は、 現代のすばらしい技術や知性によっても解決されておらず、 人の心こそが私たちが立ち返るべき探索領域であるということなのでしょう。 本書は、 大した違反も危険もない黒人女性が白人警官に不当に逮捕され、 留置場で自殺してしまった事件を主題に据えています。 アメリカではありきたりな事件かもしれませんが、 なぜ警官は女性の車を止めたのか、 なぜ警官は激昂したのかなど、 不可解な点も多々あります。 この本を読むと、 いかにして浅はかな誤解が悲劇につながってしまうのかに驚きます。 奇しくも今、 アメリカでは警官による黒人容疑者への暴行が続発し、 大規模な抗議行動が広がっています。 本書を読むと、 それが「人種差別」の一言では理解しきれない複雑さを孕む事象だとわかります。 危機を予言したかのような著者のテーマチョイスにはまったく感服するばかりです。

『はじめに 「車を降りろ!」』より

2015年7月、 サンドラ・ブランドという名の若いアフリカ系アメリカ人の女性が、 故郷のシカゴを車で出発し、 テキサス州ヒューストンから西に一時間のところにある小さな町に向かった。 (中略)右折し、 プレーリー・ビュー大学のキャンパスを取り囲む幹線道路に入ると、 警察官に制止された。 警官の名前はブライアン・エンシニア。 黒髪を短く刈り込んだ30歳の白人だ。 彼は礼儀正しかった――少なくともはじめのうちは。 車線変更のときに方向指示器を出さなかった、 と警官は指摘した。 警官がいくつか質問し、 ブランドはそれに答えた。 しばらくして彼女がタバコに火をつけると、 エンシニアはタバコを消すように言った。 (中略)

ブランドとエンシニアの口論は不穏なほど長引き、 ふたりの感情はエスカレートしていく。 (中略)

ブランドは逮捕され、 身柄を拘束された。 三日後、 彼女は独房で自殺した。 (中略)

あの日、 テキサス州の田舎の幹線道路の脇で実際に何が起きたのか? 本書では、 その事実を追求したい。

どうして警察官による車両停止の失敗についての本を書く必要があるのか? なぜなら、 これらの一連の事件によって生まれた議論がひどく満足のいかないものだったからだ。 一方の側の人々は事件を1万フィート上空から見下ろし、 人種差別について論じた。 反対側の人々は、 それぞれの事件の詳細を虫メガネ越しに調べようとした。 警察官はどんな人物だったのか? 正確には彼はどんな行動を取ったのか? 一方は森を見たが、 木を見ようとしなかった。 他方は木を見たものの、 森を見ようとしなかった。 (中略)

この国では、 警察官がいまだ人を殺している。 しかし、 それらの死が大々的に報道されるブームの時期は過ぎた。 私たちはいったん立ち止まり、 サンドラ・ブランドが誰だったのかを思いだす必要があったのではないだろうか。 しかるべき期間が過ぎると、 私たちはこれらの論争を脇へと追いやって次の話題に移る。

でも私は、 次の話題に移りたくはない。

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