警察解体も? 変革の向かう先は  黒人暴行死事件後も分断に背を向けるトランプ政権  

 米ミネソタ州ミネアポリス市で白人警察官が黒人のジョージ・フロイド氏に暴行、死亡させた事件をきっかけに、「警察の予算を無くせ」「警察を解体せよ」という要求が抗議デモの中からあがりはじめた。力によるデモ制圧と治安回復を州に指示するだけのトランプ政権とは対照的に、ミネアポリス市では、過半数の市議が「現状の警察は解体する」との意見を表明。ロサンゼルスやニューヨークでは、市長が警察予算削減に踏み切る考えを示し、連邦議会下院民主党も8日、「警察改革」法案を発表した。なぜ抗議の声を上げる市民らは、警察を縮小、解体したほうが地域は安全になると考えるのだろうか。(テキサス在住ジャーナリスト=片瀬ケイ)

黒人差別に抗議するデモで、警察廃止を求める人々=6月、ダラス(片瀬ケイ撮影)

 ▽黒人社会と警察の深い溝

 黒人住民の間には、歴史的な経緯から警察に対する深い不信感がある。南部での警察の始まりは「奴隷パトロール」だ。白人が黒人奴隷を監視し、逃げ出す奴隷を拘束し、罰した。

 奴隷制度が廃止された後も、南部の州は仕事や住居を持たないことを罪とする「浮浪罪」を使い、奴隷から解放された貧しい黒人を犯罪者に仕立てあげ、強制労働させた。その後も、レストランや店舗、交通機関、学校、水飲み場まで、黒人には専用の場所を使うことを義務づけたり、識字試験や投票税などさまざまな条件で黒人が憲法で認められたはずの投票行為を実質的に不可能にするなど、黒人を白人市民とは別のルールで支配してきた。1964年に公民権法が制定され、法の下での平等が実現したはずだったが、現実には白人住民と黒人住民の間には今も大きな格差がある。

 ワシントン・ポスト紙は2015年から、米国の勤務中の警察官による射殺事件を、ニュースやSNSの投稿、警察記録を基に、独自に記録してきた。それによると、警官による射殺事件は、年間約1000件あるという。死亡者の約半数が黒人だが、米国人口に占める黒人の割合は13%以下だ。つまり、黒人が警官に射殺される率は白人の2倍以上ということになる。

 また米世論調査機関のピュー・リサーチセンターによれば、米国人口に占める白人の割合が63%なのに対し、刑務所人口に占める白人の割合は30%で、黒人が33%。ここでも黒人の割合が非常に高いことがわかる。

 多くの黒人住民にとって、警察は自分達を守るのではなく、今も理由を見つけては拘束する存在であり、運が悪ければ射殺されるかもしれないと感じているのだ。

 米ミズーリ州ファーガソンで、黒人のマイケル・ブラウンさんが白人の警察官に射殺された現場=2014年8月(共同)

 ▽改革では不十分

 実際、米国ではこれまでも白人警官の暴行で罪のない黒人市民が殺される事件が続いてきた。Black Lives Matter(黒人の命も尊い)運動が全米に広がったのは、2014年にミズーリ州ファーガソンで、白人警官が丸腰の黒人青年マイケル・ブラウン氏を射殺したことが発端だった。その後も警官の暴行により黒人市民が死亡する事件が続き、当時のオバマ政権は恒常的に職権乱用の疑いがある警察について20件以上の調査を実施。前述のファーガソンやシカゴの市警察をはじめ14の警察について、裁判所監督のもとで司法省による警察改革を実行することを義務づけた。

 改革の一環として警官へのボディカメラ装着やさまざまな研修が取り入れられた。が、その後も警官による黒人射殺事件は続いている。また「法と秩序」を強調するトランプ政権は、警察改革という市民の要求を「警察に対する戦い」とみなし、逆に前政権下での警察改革の取り組みを見直す立場をとった。

 独自に市警察の改革に取り組む市もあるが、労働組合との労働契約に縛られ、懲罰規定などを容易に変更できないジレンマを抱えている。

 17年のロイター通信の調査報道によると、警官が不祥事を起こしても、有給休暇を返上することで停職を免れたり、人事記録に残さなかったりする仕組みがあるという。このため、職権乱用などで市民からの苦情が何件も寄せられた警官が、明確な処罰を受けずに勤務を続ける例も少なくない。また警官が職務上行った行為については、ほとんどの場合、警官個人の責任は免除されるので、市民は訴訟を起こすこともできない。

 ボディカメラの装着や研修などの警察改革に取り組んでも現状が変わらず、労働契約のために改革もできないというなら、今ある警察は解体して、やり直すしかないという声が、「警察を解体せよ」という要求となっている。

 実際、かつて米国で最も治安が悪い地区と言われたニュージャージー州のカムデンでは、腐敗が蔓延(まんえん)していた当時の市警察を13年に解体し、地域住民と信頼関係を築ける組織にすべく、一から立て直した。警官は「住民を取り締まる戦士」ではなく、「地域と住民の守護者」という考え方へと転換した。すべてがバラ色というわけではないが、カムデンの犯罪率は半減し、住民との関係も改善したという。

黒人差別に抗議するデモで、警察への予算削減などを求める参加者=6月、ダラス(片瀬ケイ撮影)

 ▽何が地域を安全にするのか

 抗議デモでは「警察解体」に加え、「警察の予算を削減し、地域サービスにまわせ」というプラカードもよく目にする。こうした要求に眉をひそめる保守派は、警察予算の削減で地域の治安が悪化すると懸念する。

 しかし警察予算の削減を訴える人たちは、地域の安全における警察の役割について見直すことを提起しているのだ。

 多くの市で、予算の大部分を警察運営に割り当てている。テキサス州ダラス市では、市予算の60%が警察に使われている。長い間、教育、住宅、社会福祉、メンタルヘルス含む医療、地域開発といった予算は削られてきた一方で、警察予算が減ることはまずない。「犯罪に厳しく」という方針は、市民に受けが良いからだ。

 しかし実際の地域警察は、ホームレスの排除、青少年の取り締まり、中毒やメンタルヘルスの問題を抱えた人への対処や、貧しい地域のパトロールに時間を割かれることが多い。経済格差が広がり、社会福祉サービスが削減されるにつれ、社会から落ちこぼれていく住民を排除するための警察と刑務所がさらに必要になり、警察予算も増えるという悪循環である。

 「警察予算の削減」要求の根底にあるものは何か。ホームレスには警察による排除ではなく住宅対策で、中毒やメンタルヘルスの問題を抱えた人には医療で、青少年には教育や仕事を与えるという政策で対応すべく予算を振り分ける。地域はより安全になり、大きな警察予算も不要になるという考え方だ。

 これに応えて、ロサンゼルス市長は同市警18億6000万ドル(約2005億円)の予算のうち、1億5000万ドル(約162億円)を削減し、住宅や教育など地域開発の施策に再配分すると表明した。またニューヨーク市長も、同市警の予算の一部を若者の教育などに振り分ける意向を示している。 

12日、米テキサス州ダラスでの会合で発言するトランプ米大統領(AP=共同)

 ▽高まる変革の機運

 ミネアポリス市やフロイド氏の出身地であるテキサス州ヒューストン、ダラス、コロラド州デンバー、カリフォルニア州では、首を絞めつける「チョークホールド」を警官が行うことを禁止した。しかし「警察解体」についてはミネアポリス市長を含め、自治体の長および民主党議員らも否定的な見方を示し、むしろ抜本的な警察改革を目指しているようだ。

 連邦議会下院民主党も6月8日、不正行為をした警官の全米登録制度や、チョークホールドの禁止、不当に市民を傷つけたり死亡させたりした警官に対する訴訟を可能にするなどの改革法案を発表した。が、その中には、警察予算の削減は含まれていない。

 これに対してトランプ大統領は同日、警察官や警察署長らに向けて「予算削減などない。警察解体などない」とし、「99%の警察官は素晴らしい人々だ」と話した。トランプ大統領はまだ、黒人市民の代表者や人権擁護団体とは面談していない。

 全米で抗議の波は続いている。テキサス州ダラス市長が開いた緊急バーチャル市議会では、200人もの市民が市警察に対する不満を述べた。トランプ政権が市民の声とまともに向き合わない一方で、全米の自治体では地域の安全と地域警察のあり方について、内省と対話が始まりつつある。

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