財源は相変わらず国が握っている
改正新型インフルエンザ対策特別措置法(以下特措法)に規定している緊急事態宣言は、総理大臣の発令により、発令された対象地域の都道府県知事には外出自粛要請など様々な権限が付与されました。
しかし、都道府県知事に権限が付与されていますが、財源は相変わらず国が握っています。結局は国の補正予算を待たなければ、都道府県による経済対策は打てませんでした。
ただし、財政力が強い東京都のように補正予算成立前に独自の経済対策を実施した自治体があるように、今回の休業要請における協力金は、都道府県の財政力で差がつきました。
新型感染症という国家緊急事態において、はたしてこれで良いのでしょうか。
(※尚、執筆時の現時点では緊急事態宣言が5月31日まで延長され、同月14日に中間指針を行うと政府から発表されています。現時点での情報を基に記述することをご容赦ください)。
緊急事態宣言後の知事の権限について
これまでの流れを振り返ります。3月13日に改正新型インフルエンザ対策特別措置法が可決後、4月7日に国は埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、大阪府、兵庫県、福岡県の7都府県に対して緊急事態宣言を出し、4月16日に全都道府県に対して緊急事態宣言を拡大することを決定しました。
緊急事態措置を実施する期間は4月7日から5月6日までとして、7都府県と北海道、茨城県、石川県、岐阜県、愛知県、京都府の6つの道府県を加えたあわせて13都道府県について、特に重点的に感染拡大防止の取り組みを進めていく必要があるとして「特定警戒都道府県」と位置づけました。
緊急事態宣言が出された場合の知事の権限については、次の通りです。
① 不要不急の外出の自粛等の要請
② 必要な協力の要請
③ 学校、社会福祉施設、興行場等の使用制限等の要請
④ 臨時の医療施設での医療の提供等・臨時の医療施設を開設するための土地の使用
⑤ 物資及び資材の供給の要請
⑥ 医薬品等緊急物資の運送の要請・指示
⑦ 医薬品、食料等特定物資の売渡しの要請・収用・保管
⑧ 緊急時の埋葬又は火葬の実施
⑨ 生活関連物資等の価格の安定等に必要な措置
罰則規定なき要請や指示
①外出自粛は既に緊急事態宣言前から複数の知事が住民に要請していますが、宣言後は法的根拠をもってできるようになりました。
③安倍総理が2月に要請した大規模イベントの自粛なども、発令後は都道府県知事が学校や映画館、百貨店などの施設に対し、法律に基づく使用制限の要請を実施しています。
さらに事業者が正当な理由なく応じない場合、要請よりも強い「指示」を出すこともできます。しかし、これらの要請や指示に罰則規定はありません。
④⑤医薬品や食料品の売り渡し、土地の使用に関する項目には一定の強制力を持ち、都道府県知事は医薬品や食料品の生産・販売・輸送業者らに売り渡しを要請できます。正当な理由なく応じない場合は強制的な収用が可能で、従わなければ30万円以下の罰金が科されます。
つまり、宣言に基づく知事の権限で強制力を持つのは、臨時の医療施設開設のための土地・家屋などの同意なしでの使用、医薬品・食品の製造・販売業者らに対する収用、保管命令などで、罰則は業者が保管命令に従わずに隠した場合などに限られます。
こうした特措法に基づく、外出自粛要請や施設閉鎖要請・指示に対して、行政による補償は規定されていません。施設閉鎖要請・指示権限は知事にあるにしても、経済活動の下支えは国と都道府県との双方に責務があります。
財政力で差が出た補償・協力金
緊急事態宣言後、ほとんどの自治体が休業要請や営業時間の短縮を要請しており、都道府県が何らかの支援金、協力金を準備すると発表しました。
東京新聞(5月2日)の調査によると、感染拡大を防ぐための休業要請に応じるなどした事業者に「協力金」を支払う都道府県が41に拡大し、予算額は計約3200億円と報じられています。多くの自治体が財源とする国の臨時交付金1兆円のうち、都道府県が自由に使える配分額は約3500億円で、41都道府県のうち、財政力がある東京都などを除く37道府県が交付金を財源とする意向です。https://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2020050290065900.html
財政力がある東京都は4月15日の段階で、都の休業要請に応じた中小企業に最大100万円を支給する「感染拡大防止協力金」を含む補正予算案を発表し、4月22日から開始しました。補正予算の規模は3574億円であり、他の自治体では決して真似できない額の予算額です。
埼玉県の支援金は最大30万円で、隣の東京都の最大100万円とは差があります。大野元裕埼玉県知事は21日の会見で、「国が手当てするべきだ。格差が生じるのは不本意であり、じくじたる思い」と話しました。(https://www.asahi.com/articles/ASN4P6RTVN4PUTIL020.html)
地方公共団体の財政力を示す数値として「財政力指数」があります。総務省の全都道府県の主要財政指標(平成30年度決算)では、都道府県平均の財政力指数は「0.51」に対して、東京都は「1.17」です。財政力指数が1.0を上回れば、その地方自治体内での税収入や諸収入のみを財源として円滑に行政を遂行できるとして、地方交付税交付金が支給されない不交付団体となり、下回れば地方交付税交付金が支給される交付団体となります。
東京都はさらに政府の緊急事態宣言が延長される5月7日以降も、休業要請などを継続し、全面的に応じた中小事業者に「協力金」を追加支給すると発表しました。
休業要請に応じた事業主への現金給付を巡っては、東京都等が追加の支給を決めたことに対して、北海道の鈴木直道知事は、「追加対策は、臨時交付金の追加がないと財政力が豊かな東京都など以外では難しい」と述べています。
国家の緊急事態において、感染拡大防止のために休業要請された施設・店舗が、地方自治体における財政力の違いで協力金の有無や、金額に格差が出れば不公平感は否めません。
国の予算を待たなければならない地方の苛立ち
今回の新型感染症における経済対策は、とにかく遅いと批判の嵐が吹き荒れました。緊急経済対策が遅れた理由について数量政策学者の高橋洋一氏は「財務省が思い描く通常のペース」があると指摘しています。
高橋洋一氏の記事以下引用(https://www.j-cast.com/2020/03/26383077.html?p=all)
〈日本のコロナ対策の予算面をみると、これまで「3段階」になっている。第一段階は2019年度予算の予備費、第二段階は4月からの2020年度予算、第三段階は2020年度補正予算。通常であれば、この順番はそのとおりだ。
3月いっぱいまでは、2019年度予備費を使う。毎年度予算では資金使途を定めない予備費があり、2019年度は災害時の緊急な財源手当てとして5000億円計上していた。これを使い、2月13日、3月10日にそれぞれ決定した新型コロナの緊急対応策を行った。
これで賄えなければ、本来は2019年度補正予算を行うべきだ。しかし、これはそれほど簡単なことでない。
2019年度は3月末までの予算であるが、3月の残り少ないときにわざわざ補正予算を組むのかというわけだ。しかも、3月は2020年度予算を参議院で審議中だ。(一部省略)
2019年度補正予算ではなく、2020年度予算の修正はどうだろうか。これは、コロナ対策を4月から大々的に行うアピールもでき、国民にも4月からの安心を与えることができる、まっとうな話だ。しかし、財務省はかたくなに拒否する。与党にも、予算案の修正があれば、政権が倒れるくらいの一大事と説明し、それが政界の「常識」にもなっている。たしかに、戦後の予算修正はごくわずかな例外的な例しかない。
こうしたことが、冒頭に書いた「3段階」の背景になっている。この手順に従えば、3月末の2020年度予算成立までは、第一段階の2019年度予備費、4月になったら、第二段階の成立した2020年度本予算を使う。それでも足らなければ、4月以降に2020年度補正予算を作り、それを使う。要するに、財務省が思い描いている「通常のペース」で予算を作るので、そのとおりに政策を考えるべきとなる。
一方、コロナはそんな財務省の思い描いたスケジュールなどまったく考えずに、ものすごいスピードで経済を落ち込ませている。〉
高橋洋一氏によれば、3月は2020年度の当初予算を参議院で審議中のため、2019年度補正予算や2020年度当初予算の修正という手法は、財務省の思い描いたスケジュールには合わないとして実現しなかったようです。
結果としては、高橋洋一氏の指摘通り、新型感染症対策を盛り込んだ国の令和2年度補正予算は4月30日に参議院にて可決され、協力金の財源となる予算が地方自治体に配分されました。
先ほど述べたように、財政力がある東京都は4月15日の段階で、都の休業要請に応じた中小企業に最大100万円を支給する「感染拡大防止協力金」を含む補正予算案を発表し、4月22日から開始しました。
東京都は既に4月22日から協力金を支給していますが、財政力がない地方自治体は、国の補正予算を待たなければ、協力金を出すことは出来ません。
私の住む福島県では、4月30日の国の補正予算通過後、5月5日の福島県議会臨時会にて県の補正予算を可決しました。福島県内の休業要請に応じた1事業者に10万円、最大30万円を支給します。
都道府県の財政力により休業要請の給付金について金額やスピードに格差がついたことは、国家の緊急事態である新型感染症対策において根本から見直す必要があります。
地方債発行という手段
そこで、私から緊急事態宣言後の地方債の発行について提言します。
地方債とは、財務省によると、〈地方公共団体が財政上必要とする資金を外部から調達することによって負担する債務で、その履行が一会計年度を超えて行われるものをいいます。地方債は原則として、公営企業(交通、ガス、水道など)の経費や建設事業費の財源を調達する場合等、地方財政法第5条各号に掲げる場合においてのみ発行できることとなっています。
ただし、その例外として、地方財政計画上の通常収支の不足を補填するために発行される地方債として臨時財政対策債が平成13年度以降発行されています。
翌年度の地方債の予定額の総額については、各年末に国から地方債計画が公表されます。 地方債について、地方債計画に則して、資金別、事業別、会計別に分類すると、それぞれ次のとおりとなります。〉(https://www.mof.go.jp/filp/summary/filp_local/tihousaiseidonogaiyou.htm)
地方債は原則として、建設事業費関係の投資的経費に充当するため、地方自治体が発行されています。しかし、その例外として臨時財政対策債があります。臨時財政対策債とは地方財政支援の一環として、自治体の財源不足額を国と地方で折半し、地方負担分を臨時財政対策債で補填するものです。2001年度以降、多くの自治体が地方交付税と臨時財政対策債の発行を組み合わせて、行政サービスの経費を賄っています。
そこで、今回の新型感染症における緊急事態宣言下において、地方自治体が早期に発効できる新たな地方債・臨時財政対策債の発行を認めるべきです。
ただし、現在の臨時財政対策債では次のような批判があります。それは、臨時財政対策債は後年度に国から地方交付税で措置されるとはいえ、臨時財政対策債の債務を返済するのは、発行体である地方自治体です。そのため、赤字公債の発行は将来の世代への負担先送りとの批判です。
日銀による地方債購入
こうした批判に対して、日銀による地方債購入を提言します。
高橋洋一氏は日銀による地方債購入もオペレーション対象とすることを次のように述べています。
〈コロナ・ショックは未曽有の経済危機を引き起こそうとしている。その際、経済対策が必要になるが、巨額であるために中央政府と地方政府は債券発行が必要になる。こうした債券発行は、100年に1回レベルなら100年債を発行するというように平準化理論からも正当化できる。さらに、中央銀行は、それらを買い取り・引き受けしたりして、市中金利の上昇を抑制できる。〉
高橋洋一氏日本の解き方から引用(https://www.zakzak.co.jp/soc/news/200508/dom2005080006-n1.html)
現在の制度では地方債最大償還期限は30年ですが、高橋氏は100年債という長期国債を発行することで、負担の平準化が図られると指摘します。さらに、日銀が地方債を買い取ることで市中金利の上昇を抑制できると指摘します。
ただし、地方債の場合は利払いや償還負担が発生するため、高橋氏は次のように解決策を述べています。
〈地方政府は、中央銀行の通貨発行益を直接利用できる術はないが、そこは中央政府から地方政府へ補助金などによる支援を行えばクリアできる。米国では、平常時に中央政府と地方政府は峻別され、日本の地方交付税のような中央から地方への補助金システムがないが、今回では中央政府が1500億ドル(約16兆円)の基金を設けて、地方政府に配分する。これは、米連邦準備制度理事会(FRB)が地方政府債を買い取ることから、中央政府の通貨発行益を地方政府に還元する施策とも考えられる。日本では、中央政府と地方政府は米国より密接な関係なので、日銀が地方債を買い入れ、そこで生じる通貨発行益を中央政府が地方政府に還元する政策は、もっと検討されるべきである。〉(高橋洋一氏 日本の解き方から引用)
高橋氏の提言を実施すれば、地方自治体の利払いや償還負担もなしにすることができます。懸念材料はインフレ率が上がることですが、現在我が国のコアインフレ率は0.4%周辺で漂い、1%にも達していません。
今回の経済危機は、需要に対するマイナス要素が大きく、デフレを加速するので、インフレを心配する状況でなければ、地方債発行を日銀が買い入れ・引き受けするのは問題ありません。
日銀は3月にETFの買い入れ上限額をそれまでの年間6兆円から12兆円に拡大、4月27日の金融政策決定会合で国債の無制限買い取りを表明しています。高橋氏が提言するように日銀は地方債に対するオペレーションを実施するべきです。
乗り越える壁は財務省と総務省
しかし、乗り換える障害があります。地方債の起債手続きによれば、
〈地方公共団体が地方債を発行するときは、原則として、都道府県及び指定都市にあっては総務大臣、市町村にあっては都道府県知事と協議を行うことが必要とされています。総務大臣又は都道府県知事の同意がある場合には、元利償還金が地方財政計画の歳出に算入されるとともに、公的資金の充当が可能とされており、仮に同意がない場合であっても、地方公共団体は議会に報告すれば地方債を発行できることとされています。但し、地方財政の健全性等の観点から、財政状況が悪化している地方公共団体が地方債を起債するときは、総務大臣又は都道府県知事の許可が必要とされています。また、総務大臣は同意又は許可をしようとするときは、あらかじめ財務大臣と協議することとされています。〉財務省 地方債制度の概要(https://www.mof.go.jp/filp/summary/filp_local/tihousaiseidonogaiyou.htm)
つまり、市町村では都道府県との協議が必要であり、最終的には財務大臣の同意がなければ地方債は発行できません。
特に地方自治体の財政については毎年計画される地方財政計画に基づき予算が組み立てられており、地方債についても従来の地方財政計画の中で運用されています。
当然ながら、財務省や総務省にとって緊急事態宣言後の償還期限100年の地方債について、認めることはないでしょう。
しかし、今回の新型感染症により明確になったことは、我が国が平時における財政ルールに縛られて、緊急時における需要不足(経済ショック)に素早い対応ができなかったということです。
時系列で読み直せば、3月9日には内閣府が発表した2019年10~12月期の国内総生産(GDP)の改定値は、物価変動の影響を除いた実質で前期比1.8%減、この成長ペースが1年間続いた場合の年率換算では7.1%減でした。この時点で20年1~3月期は新型感染症の拡大の影響も加わるため、日本経済の景気後退期入りの懸念が一段と強まっていました。
その後、補正予算が閣議決定されたのは4月20日、国会で成立したのは4月30日です。国の補正予算を受けて、福島県では5月5日の福島県議会臨時会にて県の補正予算を可決しています。国の経済対策が地方経済に反映されるまでは、どうしても時間がかかるため、地方独自での財源確保が必要です。
せめて、緊急事態においては、従来の地方債発行ルールを改正して、国と協議せず地方自治体が独自に発行できる地方債を認めるべきです。当然、地方債の発行額については限度額を設定することで、全国一律かつ素早い経済対策を実施することができるのではないでしょうか。
迅速だった市町村の対応
国の場合、組織が大きいため迅速な対応ということが、そもそも不可能だという意見もあります。特に日本の場合、有事や緊急事態においても、平時の会議や調整事項が莫大で、国会議員への根回し、霞が関の縦割りなど映画「シン・ゴジラ」に描かれた世界そのままといえるでしょう。
それに対して、国に先行して市町村は独自の経済対策を打ち出していました。
地域の話題で大変恐縮ですが、私の住む福島県須賀川市では、県内で初めて新型感染症の拡大を受け、飲食業などを手掛ける中小企業・小規模事業者を対象に家賃の五割補助をはじめとした独自支援策を展開しました。
全国を見ると、国の補正予算が決まる前に市町村独で経済対策を打ち出しています。
福岡県北九州市は4月16日、店舗賃料の8割(上限40万円)補助が柱とする中小企業や個人事業主の資金繰りを支援する対策を発表しました。新潟県糸魚川市は財政調整基金を取り崩し、総事業費1億1,190万7,000円の補正予算をくみ上げ、4月27日から緊急経済対策事業を実施しています。こうした事例は調べれば多数出てきます。
こうした市町村は財政力が豊かだったから独自の支援策を打ち出した、というわけではなく、地域内の経済状況が明らかに悪くなっていたことに危機感を持ち、独自に動いたとみるべきです。
特に、市町村の場合は二元代表制であり大統領制に近く、予算について首長の専決処分で対応できるため、素早い対応ができました。(ただし、専決処分は後ほど議会で審議する必要があります)
しかし、年度当初のため予算に余りがあったわけではなく、地方自治体の財政調整基金を取り崩すといった手法がとられています。本稿の当初に述べたように、地方自治体の財政力によって、補償・協力金の内容やスピードに差が出るということが出るのは、国家の危機管理としては危ういものです。
今後、国政において、新型感染症対策の検証や特措法の見直しが行われていくと思います。その中で議論をして頂きたいのは、
①緊急事態宣言後においては、従来の地方債発行ルールを改正して、国と協議せず地方自治体が独自に発行できる限度額付き地方債を認めるべき。
②緊急事態宣言後は、負担の平準化から100年償還期限の長期地方債の発行を認めること。
③さらに日銀がオペレーションとして市中から地方債を購入して、地方自治体の利払いや償還負担もなしにすること。
以上の内容が国政で議論されることを切に願い、本稿の終わりとします。