CMで話題のレトロカー “還暦”のマツダR360クーペに乗車

マツダの創業100周年にまつわるCM中に登場する、小さなクルマの存在に気付きましたか? そのクルマはマツダR360クーペという軽自動車です。今回はそのクルマの試乗レポートをお伝えします。


マツダにとってエポックメイキングな1台

新型コロナウイルスのパンデミックさえなければ、マツダは創業100周年を盛大に祝ったはずです。以前にもレポートしましたが、今年はマツダ車がワールド・カー・オブ・ザ・イヤー(以下ワールドCOTY)で高い評価を受け、さらにデザイン・オブ・ザ・イヤーを獲得し、最近ではCX-30がドイツの権威ある「デザイン・トロフィー 2020」を、フェラーリ・ローマやポルシェ911カブリオレという強力なライバルを抑えて受賞するなど、実に華々しい実績を残しています。それだけに現在の世界情勢は、なんとも口惜しい限りだと思います。

それでもマツダは一世紀にわたる自らの歴史、取り組みを振り返りながら、アニバーサリーにふさわしいプランを粛々と展開しています。今回、最新のモデルと相対するようにマツダR360クーペという、見るからに愛らしいスタイルの軽自動車を登場させたのもそのひとつです。

この愛らしい表情のデザインは今でも通用します

ではこのR360クーペという軽自動車、マツダ100年の歴史の中でどのような意味を持っていたのでしょうか?

このクルマがデビューしたのは60年前の1960年ですから、“還暦”ということ以外、あまり関連性が見えないかもしれません。しかし、この小さなクルマが登場したときマツダは最大の転換点を迎えていました。

1920年1月30日、ワイン瓶などのコルクを製造する東洋コルク工業として創業したマツダ。その5年後には、火事で工場を消失。失意の中から松田重次郎は本来の得意分野である機械工業での再起を目指し、社名を東洋工業と改め、3輪トラック事業に進出しました。ここからマツダは3輪トラックメーカーとして苦境から立ち上がり、社会的評価も得るようになっていきます。

一方で世の流れは3輪トラックから4輪車づくりへと移り変わっていました。国民車構想や新たな軽自動車規格の影響で「これからは4輪自動車、それも自家用車の時代だ」となります。そしてマツダが初の4輪乗用車として開発し、1960年に世に送り出した記念すべき4輪車がR360クーペでした。

世紀の名車にまだまだ乗れるんです

つまり、小さなこの4人乗り軽自動車こそが、現在のマツダの4輪自動車づくりにつながる原点というワケです。新開発されたR360クーペは、1960年の5月に発表されました。マツダが威信をかけて開発したクルマは、戦後、初めて“クーペ”を名乗り、大人ふたりに子供2人が乗れる2+2といった4人乗車として登場しました。確かに全長は3メートルにも足りず、356ccエンジンはわずか16馬力のクルマでしたが、ようやくマイカーという存在に目覚めた人々にとって、神々しく映ったはずです。

アルミニウム合金、マグネシウム合金、プラスチックなどの素材を多用し、軽量化対策も万全

当時の最新技術を採用し、徹底した量産化によって製造効率を上げ、価格はマニュアル車で30万円、トルコン車(AT車)で32万円という、これまた画期的な低価格を実現しました。ちなみに1958年に登場したスバル360は36万5千円でした。当時の大卒の初任給が1万3千円ほどですから、現在の価値に換算すると約550万円以上ということになります。

それでも夢にまで見たマイカー、みんなけっこう無理をしながらも、この愛くるしいクーペに飛びつき、発売前に早くも4,500台の大量受注を記録。発売後は人気がさらに高まり、8月には月販2,000台を突破、12月には当時としては記録的な月販4,090台を記録しました。なんとデビュー年の1960年中の累計生産台数23,417台は、軽乗用車の生産シェア64.8%にも達するものだったといいます。

もちろん、価格が大きな人気の要因でしたが、さらに先進技術の高さにおいては現在でも高い評価を得ています。例えばエンジンは軽乗用車初のマグネシウム合金を多用した4サイクルエンジン、軽量モノコックボディ、軽合金ボンネット、それにより達成できた当時の国産車最軽量の車重380kgなどなど、燃費と走行性能の向上に効果をあげました。

さらに、快適な乗り心地を達成した4輪独立懸架方式の採用など当時としては先進技術の固まりだったわけです。

そしていまだに魅力とも言えるのが、2+2という狭いキャビンを包んだスタイリッシュで機能的なクーペフォルムです。当時は日本のカーデザインの最先端をいくものとしてこれまた高い評価を得たのですが、そのデザイン性の高さは現代でも通用するほどです。ここに現在のマツダデザインの源流があるのかもしれません。

遊園地にあるようなデザインが人気となりました

実はこの愛らしいスタイル、現在でも入手できるのです。時折、中古車売買のコーナーには顔を見せます。デビューしたときからヒットしたクルマだけに、まだ元気に生息している個体がまだ流通しているのでしょう。それでもミュージアムに行けば“手を触れないで下さい”と注意書きされるほどの希少車であることには変わりません。

悲しき日本の自動車税制

すでに60年経過しているクルマですから、その程度は千差万別です。中古車価格の相場を見ると150万円から200万円あまりという感じでしょうか。しかし、懐かしさやファッションだけで気軽に乗れないことは、今回、オーナーさんのご厚意により同乗させて頂き、よく理解しました。

握りの細い大径のハンドルとシンプルなインテリアがむしろ新鮮です

ここに登場している白いR360クーペは「超極上」の1台です。購入価格は相場を大きくオーバーするはずで、オーナーさんに聞いても口ごもりますが、あくまで予想では300万円台はするでしょう。その代わりしっかりとしたメンテナンスを施してありますから、2人の大人を乗せたまま、元気よく都内を走りました。試乗撮影当時は都内で真夏日を記録していましたが、エンジンがぐずることは一度もなく快調に走ってくれました。まったくオーバーヒートの様子は見られませんでしたし、オーナーさんにも不安なそぶりは見られません。

「それでも信号待ちの時はドキドキしますよ。エンジンが止まったらどうしようってね」と笑います。確かにアクセルを微妙に調整しながら信号待ちをしています。エンジンを4千回転ぐらいまでガンガン回しながら走りますから、時速40km/hで流すにも、それなりに騒々しい感じはありますが、後ろから来るクルマもなんとなく大目に見てくれる感じがして煽られることはほとんどありませんでした。

そんな市街地走行ですからストップ&ゴーが連続すると、燃費は12~14km/Lぐらいだそうです。一方で高速を走ると20km/Lはクリアします。あとは空冷エンジンですから、冷却にとってはエンジンオイルがより大きな役割を果たすことになります。減りが早いので継ぎ足し用のオイルを準備したりと、それなりに大変です。

排気量356cc、16馬力の強制空冷V型2気筒4ストロークOHVエンジンは基本がアルミ合金製と最先端のものをリアに搭載。ワーゲンのビートルやスバル360と同じRR(リアエンジンリアドライブ)方式

年間の経費は、故障や大きな修理がなければ年間10万円ほどだといいます。

ただ、日本では古い車ほど維持費が高くなる税制があります。環境のためにも経済のためにも新型車に乗り換えてほしいという狙いがあるからです。新車登録をしてから13年以上経過した車は自動車税15%増税。さらに自動車重量税も軽自動車で20%(普通乗用車は39%)の増税となります。つまり、最新の軽自動車の得られる恩恵とは無縁ということになります。

「趣味のクルマなんだから増税もやむなし」という意見があることもわかりますし、理解できる部分もあります。しかし、日本の自動車保有台数のうち、どれほどの台数が旧車と呼ばれるクルマが占めているでしょう。車文化に対して日本とは価値観の違うヨーロッパなどでは旧いクルマほど“文化的な意義”を評価して税金が安くなる国もあります。当然社会はそうした価値観をしっかりと納得するだけの土壌があります。久しぶりに魅力的な旧車に乗せてもらい、色々と考えさせられました。

それともう一つ試乗してわかったこと。街中で乗っていると、注目度が高すぎて恥ずかしい……。

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