一緒に車に乗って、食事をしたからって、性行為に同意したわけじゃない―。性暴力を防ぐ上で大切なキーワード「性的同意」を、アニメで分かりやすく解説した動画が話題だ。ジャーナリストの伊藤詩織(いとう・しおり)さんらは3月に約1分半の動画を公開した。子どもたちや若者に自分も相手も尊重することの大切さを学んでほしいと、こうした動画を作ったり、勉強会で活用したりする取り組みが各地で広がっている。(共同通信=小川美沙)

▽どんな服を着ても
性的同意とは、性的な行為に関して互いの意思を確認すること。3月に公開された動画「YesはYes NoはNo」でナレーションを担当した伊藤さんは、冒頭で「みなさん、知っていますか」と呼び掛け、こう続ける。
一緒に車に乗ったり
一緒に食事をしたり
お酒をのんだり
手をつないだり
キスをしたり
そしてどんな服を着ていたって
どれも性的同意ではありません

海外では、相手の同意を得ない性行為は罪に問われる国が多い。しかし、日本の刑法では性交の同意がないだけでは罪に問われない。今年は2017年に改正された刑法の見直しの時期で、6月4日には法務省の検討会も始まっている。動画では終盤、改正に向けて「声を上げよう」と訴えている。
伊藤さんは元TBS記者からの性暴力被害を訴えた訴訟で昨年12月、勝訴した(相手側は控訴)。しかし、刑事事件では不起訴になっている。動画公開にあたり、フェイスブックで「法に守られない感覚は、社会から自分は守るに値しない小さな存在だと思わされるような体験」と振り返った。性的同意が刑法に明記されていたなら、刑事事件はどんな結果になったか「改めて考えさせられる」ともつづっている。
▽とうめいバリア
「境界線ってなに?」。福岡県の「性暴力被害者支援センター・ふくおか」が中心となり、昨年、こんな動画を作成した。「性的同意」を学ぶ前提として、子どもたちに見てほしいという。
「境界線(バウンダリー)」とは、踏み込んでほしくないと感じる、目に見えない領域の境のこと。例えば、暴力は「身体の境界線」が破られて、痴漢は「性の境界線」が破られて起きる。動画では、子どもたちにも分かりやすいよう〝とうめいバリア〟と表現。福岡弁でこう説明されている。
とうめいバリアは自分が大切・大事にしてるカケラの集まり。みんな持っとーと
とうめいバリアが破れて、自分が縮んでいくような気持ちになったりする

センターではこの動画を使い、スタッフが県内の学校に〝出前授業〟をしている。ナレーションを務めたコウさんは「とうめいバリアを破られた時には『イヤだ』と言っていい。自分を大切にする、って具体的にどういうことかを伝えたかった」と話す。相談員の浦尚子(うら・ひさこ)さんは「境界線の大切さは大人にも知ってほしい。性暴力の加害者も被害者も出さないために、自分も相手も大切にする関係作りを、子どもたちと一緒に考えてほしい」としている。
▽紅茶と恐竜
不同意性交を犯罪と定める英国では、以前から動画を使った性暴力防止の啓発活動が進んでいる。性的同意を「紅茶」に置き換えた動画は、公開されると、世界中で繰り返し視聴されるようになった。
紅茶を飲みたくないと言ったら、飲ませないで
先週紅茶を飲みたがったからって、いつも飲みたいわけじゃない

英テムズバレー警察は5年前、レイプ防止キャンペーン「#Consentiseverything(同意がすべて)」を開始。米映像会社が制作し、性的同意を紅茶を入れる行為に例えて的確に説明したこの動画を紹介した。日本語に翻訳され、学生向け勉強会などでも上映されている。
子ども向けには、パンツをはいた恐竜の動画「パンツザウルス」が人気だ。全英児童虐待防止協会(NSPCC)は、子どもたちを性犯罪から守るために企画した。恐竜たちが教えてくれるのは、他人に見せても触らせてもいけない、下着で覆われる自分の体の大切なところ「プライベートパーツ」についてだ。
パンツの中は君だけのもの。パンツは大切なところを覆うんだ
君の大切なところを誰かが見せてと言ったら、「ノー!」って言おう
「ひつじのショーン」などクレイアニメで有名な英国の「アードマン・アニメーションズ」が手掛けた。思わず口ずさみたくなるテンポの良い曲に合わせて踊る恐竜は愛らしく、動画は分かりやすいと反響を呼んだ。
▽NoはNo
性暴力問題に詳しい寺町東子(てらまち・とうこ)弁護士は18年に英国の小学校などを視察した。日本の教育現場でも「パンツザウルス」の動画を取り入れてほしいと訴えている。「日本では『嫌よ嫌よは、好きのうち』とゆがんで捉えられがち。子どもたちが『ノー』を言える大切さをもっと教えるべきだ」

寺町弁護士は、伊藤詩織さんらが作成した動画について「積極的な同意のない性行為はレイプだ、と真っ正面から語りかけている」と評価する。一方で、法律とのギャップは大きいと指摘した。
刑法や最高裁の判例では、同意が無くても、「相手の抗拒を著しく困難ならしめる程度」の暴行・脅迫を用いた時や、被害者の心身の喪失、もしくは抵抗が著しく困難な状態の「抗拒不能」に乗じた場合のみ犯罪になる。警察官、検察官、裁判官によって判断のブレが大きく、性行為に対する自己決定権を重視しているとは言えないとして「社会の価値観の変化に、法律も追いついていくべきだ」と話している。
動画はこちら