【新型コロナ】ビハインド ザ・マスク 覆面社会(上)「殺すぞ」歪んだ正義

ディスカウント店の店頭に山積みになった1箱50枚入りのマスク=9日、横浜市西区

 右も左もマスク。緊急事態宣言の解除後も、国は「新しい生活様式」を掲げてマスク着用を推奨する。でも、普及がもたらす不都合はないか。「覆面社会」の裏側を探る。

 「てめぇ、聞いてんのか」。緊急事態宣言が発令中の5月、横浜市中区の公園で、近くに住む男性(42)は擦れ違った中年男性に呼び止められた。

 「なんですか?」。男性はおびえながら問い返すと、相手はにらみ付けて向かってきた。「マスクもしないで近寄るなっつってんだよ」と怒鳴りながら。

 男性は食材の買い出しからの帰路、マスクのひもが切れてしまったという。相手は事情も聴かぬまま「謝れ。この野郎」と詰め寄り、殴るそぶりをして「殺すぞ」と威嚇した。

 男性がとっさにスマートフォンで撮影を始めると、その場から立ち去った。録画された映像に相手の一連の言動が残されている。

 「危害を加えられる恐ろしさを感じた」と男性は振り返る。「マスクをしていなかったのは自分の落ち度。でも、どう喝されるほどでしょうか」。念のため最寄りの交番と市に相談したといい、こぼした。「なんだか、ぎすぎすした世の中になったな」

◆一転飽和に

 緊急事態宣言下で外出する人々や営業を続ける店舗を中傷する「自粛警察」が社会問題になった。マスクをしない人を過剰に非難する歪(ゆが)んだ正義は、「マスク警察」とも呼ばれる。

 県警によると、新型コロナウイルス感染拡大とともに「マスクをし忘れてトラブルになった」「店員がマスクをしていないが、いいのか」といった通報が寄せられるようになった。

 政府はマスクの供給量を増やし、5月は8億枚超。当初は品薄だったが、今は売れ残りが街頭に山積みされるほど飽和状態だ。マスクの普及について、4都県で調査した愛知医大の鈴木孝太教授(公衆衛生学)によると、着用者はコロナ流行前後で3倍に増え、9割超に達した。鈴木教授は「人々の行動が一気に変化した」とみる。

◆入店拒否も

 大手家電量販店は宣言発令中、店頭で店員がマスクを着けていない客の入店を断っていた。広報担当者は「安心して買い物してもらうため、やむを得なかった」と説明する。

 事業者の法務に詳しい池田耕介弁護士によると、人種や身体的特徴を理由に入店を拒否すれば差別や人権侵害の不法行為に当たるが、入店の可否は民法上、原則的に事業者側の自由。ドレスコードもその一種だ。ただ、金融機関のような認可制の事業者については「高い公平性が求められている」と指摘する。

 大手銀行のある店舗は、行員自作のマスクを用意。未着用の来店客に提供している。「入店拒否はできない。迎える側でできる努力をしている」(広報担当者)という。

 危機管理に詳しい日本大の福田充教授(リスク・コミュニケーション)は「マスクは感染症対策に有効ではあるが、着用するしないは個人の自由で、強制されるべきではない。危機管理に過敏になれば、同調圧力が生じ、不寛容な社会になる」と忠告する。

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