上場企業の業績予想「コロナのせいで未定」は言い訳になるのか

東京証券取引所が6月上旬にまとめた「2020年3月期決算発表状況」によれば、株式上場している3月期決算会社の約6割に相当する1,216社が、コロナ禍を理由として業績予想を「未定」または「非開示」としました。

特に、外出自粛の影響が大きかった「陸運業」や、海外需要の低減による業績への悪影響が懸念される「輸送用機器」が業績予想を明らかにしない傾向があるようです。一方で、医薬品や食料品といった需要の高まりが一部で見られた業界については業績予想を積極的に開示する傾向があることもわかりました。

たしかに、今後のコロナ禍による影響がどれほど長期化するか明らかでない以上、予想の精度が低下することはやむを得ないといえるでしょう。


市場は「未定」の企業に冷ややか

しかし、業績予想を「未定」とした企業が市場から最も悪い評価を受けていることを示唆するデータも存在します。ニッセイ基礎研究所チーフ株式ストラテジストの井出真吾氏の調査によれば、コロナを理由として業績を「未定」とした企業は、減益予想を出した企業群よりも、市場の評価が低かったことがわかりました。「未定」とした企業群のパフォーマンスは、「減益」とした企業群と比較して、おおむね2%程度低い株価で評価されているようです。

この結果から考えると、投資家は、先行きの予想を開示しないという企業の姿勢について最もネガティブな反応を示す可能性が高いことが伺えます。

たしかに、仮に業績の予想が“内部でも”未定ということがありえるのかを考えると、筆者としても甚だ疑問です。今後の業績の予想について会社側が完全に“お手上げ”であれば、そもそも来期向けの仕入れや営業計画も成り立つはずがありません。業績予想を未定とした企業がそれでも活動を継続しているということは、やはり内部的には何らかの業績予想ないしは計画があることを暗示しているといえるのではないでしょうか。

そうすると、コロナを理由とした業績予想の非開示は、「株主軽視である」という評価を市場から下されても仕方のないことかもしれません。会社の所有権を有するのは、厳密にいえば従業員や経営者ではなく「株主」です。

会社の所有者に業績予想を開示せず、所有者でなかったり、わずかな持分しか有していなかったりする経営者が内部で業績予想を囲いこみ、株主に開示しないということであれば、これはやはり株主軽視といわざるを得ないでしょう。

ただし、未定・非開示とする会社側の考え方も理解できないわけではありません。判断基準がない中で突飛な業績予想を出してしまうことで、予想と実績に大きな乖離が生じることを嫌うという事情もあるでしょう。たしかに、不明確な状況で強気な予想を出して、影響が明らかになってきた段階で大幅な下方修正となってしまえば、株主からの批判は避けられなくなるでしょう。

このように、業績予想を開示しないことで株主を保護しようとする逆説的な考え方もありうるでしょう。しかし、もっと上手な方法はないでしょうか。

レンジでの業績開示も増加

ここで筆者は、コロナ禍で不明瞭な環境の中、新しい開示方法を取る企業が増加していることに注目したいと思います。それは、「レンジ形式で業績予想を開示する会社」の増加です。

具体的には、コロナ禍が収束する時期などについて複数のケースを検討した上で、業績予想を上限から下限まで、幅を持たせた数値を開示するという方法です。このようなレンジ形式の開示は、2019年3月期には7社だけにみられていましたが、今期に関しては、カオナビやワコムをはじめとして、前年同期比を大きく上回る25社がレンジ形式での業績予想を開示しました。

業績予想はあくまで株主などに事業の先行きを確認してもらう判断要素であるという趣旨から考えれば、1点の予想値を出すよりも、順調に推移した場合とそうでない場合のレンジで出すほうが、よりニーズに即しているといえるのかもしれません。

「未定」「非開示」も違法ではないが…

注意しておきたい点は、たとえ業績予想を未定ないしは非開示としたとしても、法律上の責任が問えるわけではなさそうであることです。なぜなら、業績予想は金融商品取引法によって提示することが義務付けられてはいないからです。法定開示の場合、有価証券報告書や四半期報告書などの重要な書類の提出に問題があれば法律上の責任を問われることになります。

一方で、業績予想については、金融商品取引所が要請する適時開示制度の範疇にとどまり、強制力がそれほど強くないのが現状です(悪質な場合は日本取引所グループにおける自主規制に基づいた制裁が課せられる場合はありますが、これは法律に基づいたものではなく、あくまで同社の定めたルール違反に対するものです)。

今回は、コロナという特殊状況下ということもあり、業績を未定・非開示とすることについては日本取引所グループ側もそれほど厳しい姿勢で評価してはいません。しかし、上記で検討した通り、市場参加者にとってはやはり、減益予想であっても誠実に開示したり、レンジ方式で情報を開示するといった工夫が見られる企業と、そうでない企業とでは、やはり後者に厳しい視線を向けるという動きもみられつつあります。

たしかに、シナリオ別に業績予想を検討することにはコストがかかります。しかし、このような時期であるからこそ、普段からもう一歩踏み込んだ情報開示を行うことが投資家からの信用向上に有効なのかもしれません。

<文:Finatextグループ 1級FP技能士 古田拓也>

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