1971年9月1日 パイレーツが黒人選手9人をスタメン起用

1971年のパイレーツは、「20勝カルテット」を擁してア・リーグを制したオリオールズを4勝3敗で破り、1960年以来11年ぶりとなるワールドシリーズ制覇を成し遂げたが、レギュラーシーズン中にはメジャーリーグの歴史に新たな1ページを刻んでいた。同年9月1日(現地時間)、パイレーツは9人の黒人選手をフィリーズ戦でスタメン起用。ジャッキー・ロビンソンのデビューから24年が経ち、史上初となる「オール黒人ラインナップ」が実現した。

本拠地スリー・リバース・スタジアムでのフィリーズ戦。パイレーツのスタメンは以下のような顔ぶれだった。

(二)レニー・ステネット(パナマ人)
(中)ジーン・クラインズ(アフリカ系アメリカ人)
(右)ロベルト・クレメンテ(プエルトリコ人)
(左)ウィリー・スタージェル(アフリカ系アメリカ人)
(捕)マニー・サンギーエン(パナマ人)
(三)デーブ・キャッシュ(アフリカ系アメリカ人)
(一)アル・オリバー(アフリカ系アメリカ人)
(遊)ジャッキー・ヘルナンデス(キューバ人)
(投)ドック・エリス(アフリカ系アメリカ人)

この日の観客は1万1278人。当時、ピッツバーグの新聞社はストライキを行っており、球団のラジオ中継も「スタメン全員がアフリカ系アメリカ人またはラテンアメリカ人」という史上初の出来事にそれほど注意を払っていなかった。ブロードキャスターのネリー・キングは当時を振り返り、「2回まで気付かなかったような記憶がある。特別なことはしなかったと思う。その話題に触れたとは思うけど、必要以上に取り上げたりはしなかった」と語っている。

正一塁手のボブ・ロバートソン、正三塁手のリッチー・ヘブナー、正遊撃手のジーン・アリーを故障で欠いていたため、ダニー・マートウ監督はキャッシュを二塁から三塁、オリバーを中堅から一塁へ移し、空いた二塁にステネット、中堅にクラインズ、そして遊撃にヘルナンデスを起用。こうして「オール黒人ラインナップ」は完成した。

試合翌日のフィラデルフィアの地元紙に「打線を組むとき、肌の色なんて関係ないし、選手たちもそれを理解している」というマートウの言葉が残っている。マートウは歴史を作ることを狙ってスタメンを組んだわけではない。また、スタメン全員が黒人であることに多くの人がなかなか気付かなかったことは、ロビンソンのデビューから24年が経ち、黒人がメジャーリーグの舞台でプレーすることが当たり前になっていたことの証と言えるかもしれない。

パイレーツは、クレメンテ、スタージェル、サンギーエンらの活躍により10対7でフィリーズを破ったが、先発のエリスが2回途中でノックアウトされたため、「黒人9人」の状態は長くは続かなかった。

この試合でスタメン起用された9人のうち、キャッシュ、クラインズ、クレメンテ、サンギーエン、スタージェル、ヘルナンデスの6人はワールドシリーズ第7戦のスタメンにも名を連ね、チームの世界一に貢献。クレメンテはラテンアメリカ人として初めてワールドシリーズMVPに輝いた。

クレメンテとスタージェルはアメリカ野球殿堂入りを果たし、サンギーエン、キャッシュ、オリバー、エリスの4人もオールスター・ゲームを経験。しかし、各々のキャリアに関係なく、この試合で新たにメジャーリーグの歴史に刻まれた1ページは、スタメン起用された9人全員によって作られたものだった。

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