国会で野党はだらしなかったか 崩れた「なんとなく安倍首相支持」

By 尾中 香尚里

 通常国会が17日、閉会した。野党は新型コロナウイルスの感染拡大に備える必要性などを訴え、会期を12月28日までの194日間延長することを求めたが、政府・与党は応じなかった。

 この時期になると毎年、風物詩のように出てくる報道がある。「野党は内閣不信任決議案を出すのか」。そして、決議案を出しても出さなくても、その後に必ず「野党はだらしない」と冷笑する(批判ですらない)続報が出るところまでがお決まりだ。そんな紋切り型の野党批判はもう、今国会限りで脱却したい。(ジャーナリスト=尾中香尚里)

通常国会が閉幕し、衆院本会議場を後にする議員=17日午後.

 ▽結果残した野党

 今国会の野党は本当に「だらしなかった」だろうか。筆者はそうは思わない。衆参ともに与党側と圧倒的な議席差があるなかで、むしろその差を感じさせないだけの結果を残したのではないか。

 まず、最大の懸案となった新型コロナウイルス感染症への対応だ。その多くが、野党側が先行して政府に対応を求めていたものである。

 緊急事態宣言を含むコロナ対応の根拠法となっているのは、民主党政権で成立した新型インフルエンザ等対策特別措置法だ。野党は通常国会召集直後の1月末ごろから、この法律をコロナ対応にも適用し、迅速な対応を求めてきた。安倍晋三首相はしばらく「コロナ対応には適用できない」との姿勢をとり続けたが、結局3月になって、特措法を改正してコロナ対応を可能にした。

 ▽閣議決定後、異例の予算案組み替え

 驚いたのは、2020年度第1次補正予算の「組み替え」だった。

 現在徐々に国民のもとに届きつつある「1人一律10万円の定額給付金」。これは、野党が4月2日の政府・与野党連絡協議会で、政府側に申し入れたものだ。

 安倍政権は当初これを採用せず、7日に第1次補正予算を閣議決定した。だが、補正予算に盛り込まれた「減収世帯への30万円給付」が、対象者の少なさなどから大きな批判を受けると、安倍政権は閣議決定まで済ませていた予算案を、10万円給付を盛り込むために組み替える決断をした。一度閣議決定した予算案の組み替えは極めて異例だった。

 世間的には「連立を組む公明党の要請」が定説だが、当初の補正予算を閣議決定した内閣には、公明党の閣僚も含まれていることが忘れられている。内心はどうあれ、公明党も一度は、当初の補正予算案を認めたのだ。

 前代未聞の予算案組み替えは、政府案と野党案の比較で野党案が支持されたことに公明党が背中を押され、その公明党によって安倍首相が押し切られた、とみるのが正しい。

 ▽生かされた震災の経験

 コロナ対応では野党側の「対案」が安倍政権に先行し、尻をたたく場面が少なからずあったが、それを成り立たせたのは「東日本大震災の記憶」である。当時は民主党の菅直人政権。政権与党として危機対応にあたった議員たちが、現在の立憲民主党、国民民主党には多く残っており、それが単なる「批判のための批判」にならない、現実的な提案を生んだ。

 野党側の提案が比較的スムーズに政府に取り上げられた背景には、国会に設けられた政府と与野党による「連絡協議会」の存在がある。こうした枠組みも東日本大震災当時を踏襲したものである。

 「政権交代可能な二大政党制」は、与野党双方が政権運営の経験を持つことによって、こういう危機の局面で一定程度の協力関係を築ける効果がある。今回のコロナ危機で、それが目に見える形で示されたことは、日本の政治にとって、決して悪いことではなかったのではないか。

 

2019年1月、東京高検検事長に就任し、記者会見する黒川弘務氏

▽政権監視にも成果

 いわゆる「対案」路線で一定程度の成果を挙げた野党側だが、やはり本来の仕事は「政権監視」だ。そしてその意味でも、検察幹部の定年を内閣の判断で延長可能にすることを盛り込んだ検察庁法改正案を、事実上の廃案に追い込んだ実績は大きい。

 首相をも逮捕できる検察の上層部の人事を内閣が恣意(しい)的に行えるようにする改正案は「三権分立の侵害」と批判された。また、法案提出の前段となった黒川弘務・東京高検検事長(当時)の定年延長にあたり、国家公務員法の法令解釈を勝手に変更したことは、規範的な法令解釈さえ自分たちの都合よく変えてしまう安倍政権の政治姿勢にも、大きな疑問符を突きつけた。

衆院予算委で質問する立憲民主の枝野代表
衆院予算委で質問する国民民主の玉木代表

 法案成立が行き詰まった最大の理由は、法案が実質審議に入った5月、ツイッターで「#検察庁法改正案に抗議します」などのハッシュタグをつけた投稿が、大きな広がりを見せたことだ。だが、こういう声が上がった背景には、それ以前の国会質疑で野党側からの的確な問題提起があったことを無視はできない。以前に小欄でも取り上げたが、2月26日の衆院予算委員会で、立憲民主党の枝野幸男代表、国民民主党の玉木雄一郎代表、共産党の藤野保史氏の3人が、黒川氏の定年延長問題について、それぞれの経歴や得意分野を生かして政権の姿勢をただした一連の質問は、純粋に質疑としての面白さに心を動かされた。

 また、民意を拾い上げて国会質疑の場に持ち込み、法案の行方に影響を及ぼすことができるのは、国会に議席を持つ野党議員だけである。安倍政権は自らに対峙(たいじ)する国民の声を「こんな人たち」と呼んで切り捨ててきたが、今回、政府・与党がくみ尽くせない民意を野党が拾い上げて国会に持ち込み、政権がこれらの声に耳を傾けなければならない状況を生んだことは大きいと考える。

 ▽野党がアウェーで成果を上げた理由

 野党に対しては今でも、判で押したような「だらしない」批判がつきまとう。「政府と(全面)対決」「政府と(全面)協調」の二項のみに単純化された構図でとらえ、野党がどちらの道をとっても批判する。「対決」なら「批判のための批判」、「協調」なら「追及が迫力不足」と。批判する側が自らの立ち位置を変えるのだ。

 実際のところ、野党が激しく政権の疑惑を追及すべき時でも、他の委員会では与野党がともに賛成して多くの法が成立しているし、新型コロナウイルス対策をめぐり与野党が補正予算案の採決日程で折り合っても、質疑ではコロナのみならず政権の対応への批判があふれるのだが、まず考慮しない。最後は「政府・与党もひどいが、政府を攻めきれない野党にも問題」という「どっちもどっち」論で締めくくる。

 こうした「アウェーな言論環境」の下で、今国会の野党が一定の成果を上げた理由は、大きく分けて二つあると思う。

 一つは立憲民主、国民民主など複数の政党・会派の「合同」だ。これまで各会派がバラバラに行っていた質問の内容が調整され、重複が減って時間をかけた質疑が可能になり、内容に迫力が増した。比較的実績のある議員が多い国民民主の議員が、一定の質問時間を確保できるようになったのも大きいだろう。会派を共にしていない共産党とも、一定の連携が図れていた。

 実は筆者は、いわゆる野党合流には慎重な立場をとってきた。衆院選の小選挙区では野党候補の一本化は避けられないが、国会質疑においてはむしろ、各党の多様性を維持した方がいいのではないかと考えてきた。しかし、会派「合同」後の野党の質疑に力が増したさまを見ていて、こうした考えには微修正が必要かと思い始めている。

 そしてもう一つ。こちらの方が本質的だと思うが、政治に対する国民の関心が、格段に高まったとみられることだ。

 安倍政権がこれまで一定の支持率を維持できていたのは、国民が自分の生活に忙しく、政治に強い関心を持たないまま「なんとなく安倍首相支持」「他の内閣より良さそう」などと漠然と考えていたからだろう。

 だが、新型コロナウイルスは、国民一人一人の生命と暮らしを激しく脅かしており、その対応はこれまでになく切実な政治課題だ。いきおい、そのニュースには大きな関心が集まる。外出自粛で家にとどまる時間が長くなり、編集されていない生の国会中継を、テレビやネットで目にする機会も増えただろう。多くの国民がおそらく初めて、安倍政権の本質を実感することになったのではないか。

新型コロナウイルスの電子顕微鏡写真(米国立アレルギー感染症研究所提供)

 ▽政治を改革する道

 新型コロナウイルスは全世界を等しく襲った。世界各国の首脳が同じ問題に対処を迫られた。台湾の蔡英文総統、ドイツのメルケル首相など、他国の首脳の対応を安倍政権と比較することも容易になった。

 「この道しかない」が崩れたのだ。

 7年半にわたる長期政権のもと、本来独立の立場で政権を監視すべき多くの機関からその機能が失われている今、もはや国民自身が政治に関心を持ち、批判的な視点で批評し、改善に向け自ら声を発するしか、政治を改革する道はない。野党はそのために、国民によって使い倒されるべき存在である。

 今国会でのささやかな「成功体験」が定着し、社会全体で政権への監視機能が取り戻されることを、筆者は心から願ってやまない。

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