国際宇宙ステーションの極低温実験室で作り出す「物質の第5の状態」

よく知られているように、物質には「固体」「液体」「気体」といった状態があります。物質がイオンと電子に分かれた(電離した)気体である「プラズマ」もその1つです。さらに、これらの4つに加えて第5の状態と呼ばれているものがあり、「ボース・アインシュタイン凝縮」(ボーズ・アインシュタイン凝縮)という名前がつけられています(英語の頭文字を取ってBECと呼ばれます)。

科学者が初めて(気体について)ボーズ・アインシュタイン凝縮の状態を作り出したのは今から25年前で、その成果に対しノーベル物理学賞が与えられました。BECは非常に低温の環境下でたくさんの原子がひとつの状態に収まり、それらがまとまって振る舞うような状態を指します。「ひとつの状態に収まり」というのが「凝縮」という表現になっていますが、これは物理的に同じ場所に集まるということではありません。直感的にはわかりにくく、厳密な説明は難しいのですが、人がみな同じような顔・おとなしさで集団で動いているようなものと言えるかもしれません。有名な現象としては、ある温度以下に冷やした液体ヘリウムの粘性(粘り気)がなくなってしまう「超流動」と呼ばれるものがあります。

2018年7月、国際宇宙ステーションにあるNASAの実験室「Cold Atom Lab」は地球軌道上で初めてBECを実現した施設となりました。この実験室では原子を極低温まで冷やし、その基本的な物理性質を探っています。原子やさらに小さいスケールの世界を探ろうとするとき、物理学の1分野である「量子力学」が欠かせません。量子力学では「電子が波のような性質を持つ」など私たちの感覚では理解しにくい現象が登場しますが、そうした性質が携帯電話やパソコンにも応用されており、実は身近なものでもあります。量子力学的な(量子的な)現象が初めて観測されたのは1世紀以上も前ですが、天文学でも重要な役割を果たすことがあり、その意味でもまだ研究が続けられています。
それではなぜ極低温まで冷やし、また宇宙で実験するのでしょうか?

物質中の原子や分子は温度が高いほどその動きが激しくなり、逆に冷やしていくとその動きはだんだんとゆっくりになっていき、研究しやすくなります。Cold Atom Labでは温度を絶対零度(約マイナス273度)近くまで下げることが可能です。また、原子を冷やすことはBECを実現する唯一の方法でもあります。BECの状態となった原子はすべて量子的に同じように振る舞うため、それらをまとめて見ることによって、本来であれば個々の原子やそれ以下のサイズで現れる性質をマクロなスケールで見ることができるようになります。その意味でBECは量子力学の研究をする上で使える良いツールであり、Cold Atom LabでBECを生み出しているのです。
地球上でBECを実現する場合は実験する容器(チャンバー)を真空に近い状態にして実験しますが、実現しても地球の重力で原子がすぐにチャンバーの底に落ちてしまいます。逆に、国際宇宙ステーションでは無重力状態のためBECの状態となった物質は浮かんだままで、より長い観測・実験を行うことが可能です。地球上で行われた以前の極低温の実験ではロケットを使ったり、高い塔の上から落としたりして無重力状態を作っていましたが、その状態が続くのは数秒や数分といった程度でした。国際宇宙ステーションであれば数千時間もの間、微小な重力の環境を維持することができます。ここに、宇宙で実験することの意義があります。

Cold Atom Labでは温度を下げるために複数の手段をとっており、最終的な温度は絶対零度まであとわずか10億分の1度ほどのところまで迫っています。冒頭の画像は6本のレーザー光で冷却する様子のイメージです。これを含めた、低温を作り出す方法についてNASAのジェット推進研究所(JPL)が3分ほどの動画を公開しています。英語ですがYouTubeの機械翻訳と映像で雰囲気を感じることができると思いますのでぜひご覧ください。

※動画が見れない方はこちらのURLを参照してください(YouTube: https://youtu.be/bny5vWFi_6g)

Credits: NASA/JPL-Caltech
Source: NASA
文/北越康敬

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