ヘイトの渦から抜け出せ! 実在する白人至上主義者の決意と苦悩を描く『SKIN/スキン』

『SKIN/スキン』© 2019 SF Film, LLC. All Rights Reserved.

『SKIN/スキン』は第91回アカデミー賞で短編映画賞を受賞した、21分の同名作品を長編化した映画。どちらもガイ・ナティーヴ監督による作品で、配給はA24。白人至上主義団体のメンバーである主人公ブライオンが、白人至上主義から転向し団体と決別する過程と、新しい生活を始めるまでを描いている。

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なぜ男は白人至上主義となったのか

この映画は2つのデモが衝突するシーンから始まる。白人至上主義者たちによるデモと、人種差別に反対する人々によるデモの2つ、その真ん中には警官隊――。

デモ隊の衝突のあと、ブライオンの所属する団体が過激さを増していくなか、ブライオンはシングルマザーのジュリーと恋に落ちる。ジュリーとその子供たちに愛を示して信頼を勝ち得ていく一方、夜には仲間と集まって町外れのモスクに放火するという生活。ブライオンの生活は二極に乖離し始める。子供の前で、好きな女性の前で、こんなに優しい男がなぜ白人至上主義という世界にいるのだろうか。

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劇中では、ブライオンが白人至上主義者になった動機がはっきりと描かれることはない。一つヒントになるのは、ブライオンが団体の長・フレッドと車を走らせているときに、道端で拾う少年の存在なのではないかと思う。少年は、フレッドに「クソみたいな生活を送りたくなきゃ俺たちと来い」と言われて団体に加入することになるのだが、あるときブライオンに団体に入った理由を問われると、「お腹が減っていた」と弱々しく答える。ブライオンは「そんな理由なら故郷に帰れ」と怒鳴るのだが、少年はブライオンの過去の姿なのではないかとも思えるのだ。

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劇中でブライオンの両親は描写されず、言及もされない。その代わりに、団体の長・フレッドとその妻・シャリーンがブライオンを息子のように愛している様子が描かれる。ブライオンもまた“お腹が減っていた少年”だったのではないか。愛に飢えた孤独な少年だったのではないか。

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家族への愛によって白人至上主義を盲信し、愛する人と生きていくために覚醒した男

僕が最近よく思い出す言葉がある。大学の師である青山真治監督が、卒業生に贈る言葉のなかで教えてくれたものだ。

「戦争に反対する唯一の手段は、各自の生活を美しくして、それに執着することである」

吉田健一が日本敗戦後に書いた『長崎』の中の一節だ。この言葉の意味を、最近よく考えている。「戦争」は、「紛争」や「混乱」と言い換えて考えることもできると思う。

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果たして「人種差別」という擁護する余地のひとかけらもない最低最悪な行いは、悪魔的人間、または救いようのない愚か者によるもので、「美しさ」への攻撃なのだろうか。そもそも「美しさ」というものは存在せず、なにかを“美しい”と考える人間がいるだけなのではないだろうか。ジュリーやその子供たちの前にいる愛情深いブライオンと、団体メンバーであるブライオンは、果たして矛盾しているのだろうか。

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この『SKIN/スキン』という映画は「愛」についての映画であると思う。愛によって人を赦すこと/赦せないこと、愛によって人を救うこと/殺すこと、そういった愛という劇物を描いた作品だ。愛を見誤ることは、人種差別のような悪魔的な行いをなくすことを難しくさせるだろう。悪魔もまた、愛を囁くからだ。愛は自分勝手で、わがままである。人を優しくもするし、凶暴にもする。

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個人による人種差別から見えてくる制度的人種差別の萌芽

ブライオンが白人至上主義団体と決別する手助けをするジェンキンスは、「お前が好きなんだ」「手助けはいらないか?」「お前の好きな女と子供を見ろ」と語り続ける。フレッドとシャリーンが提示する愛とは別の場所にある、もう一つの、自分のなかに生まれた新しい愛の存在に気付けと言っている。決してフレッドとシャリーンの愛を偽物だとは言わずに。

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この映画は実話を元にしているという。最後には、実際のブライオンとジェンキンスが笑顔で並んでいる写真が映し出されて終わる。注意しなければならないのは、この映画が描いているのはあくまで一人の人間が人種差別主義から転向する過程であって、制度的な人種差別をなくす方法が描かれているわけではない。ただ、個人のなかにある人種差別を描いた本作を観ることによって、いま改めてその問題点が指摘されている制度的人種差別について、その根本から考えるきっかけになることは間違いない。

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文:松㟢翔平

『SKIN/スキン』は2020年6月26日(金)より新宿シネマカリテ、ホワイト シネクイント、アップリンク吉祥寺ほかにて公開

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