【国内トップドライバーオフインタビュー山本尚貴】レースから“距離を置いた”2カ月間。再開へ抱く「絶やしてはいけない」思い

 先日、スーパーGTおよびスーパーフォーミュラのレース再開がアナウンスされ、国内レースがいよいよ動き始める。約2カ月間におよぶ“おうち時間”を国内のトップドライバーたちはどのように過ごしていたのか。普段の生活の様子やトレーニング事情、そして来月に控えた開幕戦に向けての意気込みについてリモート取材を行った。

 第9回は、2018年にスーパーGTとスーパーフォーミュラのダブルタイトルを獲得し、ホンダのエースドライバーとして活躍している山本尚貴だ。

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Q:3月に行われたスーパーフォーミュラの富士テスト以降の約2カ月間、どのような生活をされていましたか?山本尚貴(以下、山本):基本的には家にいて家族と過ごしていました。趣味もあまりなく、新しく始めたことなどもないですね(苦笑)。

Q:自宅にいる時間が多いとYouTubeなどの動画コンテンツを見る機会もあったと思います。山本:YouTubeは見ますね。これまでネットで検索していたことをYouTubeで検索したりしています。自分が知りたい情報を文章ではなく映像で見るほうが分かりやすかったりするので便利ですね。

Q:ジムなども行けなかったと思いますが、山本選手の自宅でのトレーニング事情を教えてください。山本:ジョギング程度は行っていました。ただ天候にも左右されますからね。当初は外に出ないようにエアロバイクを購入しました。逆に言うとそれくらいしかできなかったという感じです。

Q:これまで自宅でトレーニングを重ねるという経験もなかったのでは?山本:そうですね。人それぞれだと思いますが、今回のことに関しては正解はないと思っています。何かをしたから正しい、正しくないという明確な基準はない。個人的には、オンとオフはしっかりつけたいと常々思っています。正直、エアロバイクを購入するのも気が進まなかった部分もありました。

Q:山本選手はトレーニングを最低限に留めていたのですか?山本:そうですね。不安もありましたが、レースやトレーニングからは一度離れた生活をし、シーズンに向けて充電させてもらっていたという感じです。これまでレースのことばかりを考えていて、かえって視野が狭くなっていた部分もあった。気持ちを一度切るくらいレースから離れて気づいたこともあったので、個人的にはこういう時間も大事だと思える期間でした。

Q:なるほど。これまでのキャリアでこんなに長い期間レーシングカーから離れることはなかったと思います。山本:誰も経験したことがないですよね。レーシングカーに乗らないことで感覚が鈍ってしまう人もいるでしょうし、何も影響がない人もいると思います。でもいざ乗ってしまえば、久しぶりの感覚に戸惑うことはあっても、ドライバーは2〜3周も走れば普通の感覚に戻ってくると思っています。Q:感覚を鈍らせないためにシミュレーターを導入するドライバーも多くいましたが、山本選手はシミュレーターは取り入れましたか?山本:導入を考えたことはありますが、やり始めたら時間を掛けないとシミュレーターはうまくなれないと思っています。あとは“目”に対する懸念がありました。

Q:“目”に対する懸念とは視力の低下などですか?山本:僕はレーシングドライバーという職業にとって“目”が大事だと常々思っています。年齢が若くても目を酷使していると、それこそ本番のときに速く走れなくなるのではないかと。サーキットで長時間練習をするのとシミュレーターとでは、目の使い方などはまったく異なります。

Q:たしかに“目”はとても大事ですよね。山本:いまはスマートフォンも普及しているので、僕も見ないことはないですが、極力見る時間は短く済ませたり、ブルーライトカットのメガネを使用したりとすごく気を遣っています。もちろんシミュレーターを導入する効果もあると思いますが、それ以上に少なからず目に影響を及ぼすかもしれないと思うとそれが怖かったですね。

2020年のスーパーGTに挑むRAYBRIG NSX-GT。公式テストまでは『PHASE01』カラーを纏っていた。

■フロントエンジンの新型NSX-GTはミッドシップとの差が気付かないレベル

Q:3月に行われたスーパーGT岡山公式テストの感触はいかがでしたか?山本:あまり良くはなかったです。今年からホンダのブリヂストンタイヤ勢は情報共有を強化し、総合力を上げましょうという体制が敷かれました。そのなかでやや他の2台に置いていかれている感は否めなかったです。数字的にはそこまでかけ離れてはいないと思うし、かけ離れる理由も見当たらないので、かえって悩んでいます。

Q:今年からNSX-GTはミッドシップ(MR)からフロントエンジン(FR)に変更しましたが、その感触というのはどうですか?山本:正直に言うと目隠しをされてエンジンがどこに搭載されているか分からない状況で乗せられたら、あまり気づかないかもしれないです。もちろん細かい差はあるのですが、開発段階でその差を埋めるように技術陣がシミュレーションして組んでいますからね。

Q:ドライバーにとっては感触がほぼ変わらないということはとてもいいことですね。山本:あまり変な先入観がなく乗れたというのはいい部分ではありますが、こんなに変わるんだからもうちょっと違いが出て欲しいというのは気持ち的にありますね(苦笑)。

5山本尚貴DOCOMO TEAM DANDELION RACINGHonda M-TEC HR-417E

Q:Q:次にスーパーフォーミュラ(SF)の富士テストでの感触はいかがでしたか?山本:SFは(走行の)期間がだいぶ空いてしまったので2019年のおさらいをしながら、福住仁嶺選手とデータを共有して良いところと悪いところを出していきました。ただあまりにもコンディションがシーズン中とかけ離れていたこともあり、ただ速く走るだけでなく、いろいろと考えながら走ったので少し難しさも感じました。

Q:SFは今年からタイヤが1スペック制になります。山本:みんなルールが一緒であれば、1スペックでも2スペックでも問題はないと思います。ただ、せっかくミディアムとソフトという2スペックタイヤ制度を取り入れたのに、それが元に戻ってしまうということは個人的に少し残念だなという思いもあります。

■山本尚貴が抱く2020年シーズンとその先の展望

Q:国内レースのスケジュールも発表になり、やっとレースが再開しますね。山本:スーパーGTは全国のスーパーGTファンの方のことを思うと、レースができないサーキットがあるというのは非常に残念です。でも、もしシーズンを1年中止してしまうと、その後のレースも危うい可能性がある。その火を消さないように、なんとか繋いでいこうという努力を今回のカレンダーから感じました。その思いを僕たちも消しちゃいけないし、消さないようにみんなで頑張っていきたいと思います。

Q:SFと合わせてとてもタイトな期間でふたつのレースをこなすことになります。山本:レースが今年の後半に詰め込まれるのは想定していました。僕は短期間で集中してやる方に懸けていたのでその結果がどうなるかですね。でも準備はしているし、できているつもりなのでネガティブなことはあまりないです。

Q:今シーズンをどのようなシーズンにしたいか教えてください。山本:選手権を戦う上で勝つこととチャンピオンを獲ることというのはどんな年でも変わらないですし、それは今シーズンも変わりません。今年はイレギュラーなことも多いとは思いますが、この先どんな場面においても対応していく能力も必要だと思うので、そういった順応性も高めていきながら過ごしていければと思います。

Q:ファンのみなさんも山本選手の活躍を楽しみにしていると思います。山本:モータースポーツの醍醐味は、やはり現地で生の迫力を味わうことだと思うので今年はその醍醐味が半減してしまうかもしれません。ですが、今年は特に火を絶やさず、来年以降につなげるためにいまはみんなが我慢しています。その我慢がいずれ実ると信じて、またサーキットに気兼ねなく足を運べるようになったときには現場で応援をしてもらいたいです。いまはみなさんの応援がサーキットでなくても伝わるツールがたくさんあると思うので、そういったツールも使ってもらって応援してもらえればうれしいなと思います。

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 2019年はF1日本GPの金曜日にF1走行デビューを果たすなど、スーパーGT、SF、F1と慌ただしい1年を過ごした山本尚貴。この新型コロナの自粛期間は山本にとって、昨年までの慌ただしさをリセットする良い時間になったようだ。

 名実ともにホンダのエースドライバーとなった山本にとって、今季はスーパーGTでは初めて年下のチームメイト、牧野任祐とともに新型NSX-GTで戦うという新しい試みが詰まった1年になる。

 そして昨年3ポイント差のランキング2位でタイトルを逃すことになったスーパーフォーミュラでは今年、その悔しさを晴らすことができるか。

 山本も自覚しているように、今年はいちドライバーとしてのレース結果だけでなく、少しでも多くの国内モータースポーツファンとサーキットで再開できるよう、国内トップドライバーとして多くの役割を担う難しいシーズンになる。

TEAM KUNIMITSUの高橋国光総監督、山本尚貴、牧野任祐
2018年にチャンピオンを獲得した山本尚貴とジェンソン・バトン
2019年のF1日本GP、フリープラクティス1でF1デビューを果たした山本尚貴

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