地方公共交通、サービス維持は限界  負担の在り方問う 高松琴平電気鉄道の真鍋康正社長

 「地方公共交通はもはや民間企業が担える事業ではない」。新型コロナウイルス感染拡大の影響で、地方の中小鉄道会社は客数を減らしている。交通政策の有識者らでつくる「日本モビリティ・マネジメント会議」は現状が続くとバスやタクシー、船を含む交通事業者の半数が8月までに倒産の危機に陥るとの調査結果をまとめた。香川県で営業する高松琴平電気鉄道(ことでん)の真鍋康正社長(43)は、コロナ禍が終息した後も生活様式の変化を背景に乗客数は元に戻らないと予想する。ただ鉄道や路線バスがお年寄りや子どもといった社会的弱者や旅行者に欠かせない移動手段であることに変わりはない。どうすれば地域に公共交通を残せるのか。負担の在り方は。真鍋社長に聞いた。(聞き手、共同通信=浜谷栄彦)

インタビューに応じる真鍋康正さん=6月4日、高松市の高松琴平電気鉄道本社

 ▽10億円減収でもダイヤ通り

 ―経営環境は極めて厳しい。

 「当社は2001年に経営が行き詰まり、民事再生法の適用を申請した。その時より状況は厳しい。私が社長に就いてから6年は客数が伸び続けた。順調すぎると思っていたら3月に失速した。4月、5月の利用者数は約半分。2020年3月期の鉄道運輸収入は約27億円だったが、21年3月期は前年に比べて約10億円の減収を見込んでいる。お客様がたとえ1人でも、われわれは運行ダイヤ通りに電車を動かす義務がある。コストは100人、200人乗っているのと同じ。これが装置産業の難しさ。稼働率つまり乗車密度を上げることが課題だが、新型コロナへの警戒感からしばらく『密度』はタブーになる」

 ▽車内は3密ではないが…

 「連日のように『乗車密度を下げろ』というご意見をいただく。車内は3密(密閉、密集、密接)ではない。換気は十分しているし、お客様同士がおしゃべりすることも少ない。実際は密集の1密なのだが、一般市民の方にはなかなか理解していただけない。(乗車密度を下げるために)本数を増やしてほしいと言われる。終電を早めたことに対し飲食業の方から延長のご要望もある。全体の乗客数が明らかに減っているのに本数は増やせと言われる。難しい判断だ」

高松琴平電気鉄道の車両=6月9日、高松市の高松築港駅

 ▽コロナ後も民間事業のままでいいのか?

 「元々大半が赤字であった地方の公共交通は、これから民間企業が担える事業なのだろうか。もし遅い時間の電車が必要ならば、地域全体で方法を論じなくてはいけない。宴会、パーティなど夜のイベントは激減したのに、われわれの電車が以前と同じ本数を維持するのはさすがに無理がある。今起きている変化は個別の経営努力とは次元の違う話だと思う。リモートワークができない、職場に行かなくてはいけない方や、通学する学生たちからいただく運賃で公共交通を成り立たせるべきなのか。日本中で議論せざるを得ない。政府も新しい生活様式への転換を促し、移動の絶対量は決して元に戻らない。だが公共交通だけが企業努力で以前のサービス水準に戻すべきだと言われても極めて難しい」

 ―政府は事業の継続を要請している。

 「われわれは大規模イベントのような自粛ではなく、逆に営業を要請されてきた。要請に従って地域の移動を守るために営業を続けてきた。現状では電車を走らせれば走らせるほど赤字になる。もちろん、走ってなんぼの商売だし、社員も走らせたいと思っている。ただ経営としてはお客様の減少に合わせて事業のサイズを再検討せざるを得ない。それでも公共性を踏まえて市民から維持を要請されるのであれば、教育や水道といった公共インフラと同様に、維持の在り方を考える必要がある。それ抜きに営業しろと言われるのはなかなか厳しい。補償のないままで従来通りの路線網、サービスレベルを維持するのは不可能だ」

真鍋康正さん

 ▽コロナで変わる生活圏

 ―自治体の一部は公共交通事業者への補助を始めたが、財政難の自治体が多い。

 「公共交通への支援というよりも、これからの生活圏をどうつくっていくのかという議論が先に必要だろう。新型コロナがまん延して以降、オンラインでのやりとりが浸透し、世界中で中距離と長距離の境がなくなったと言われる。同時に、近所の大切さが分かった。ステイホームを要請されても買い物には行くし、ジョギングもする。多くの人が自宅から徒歩15~20分圏内の大切さを痛感した。欧米を中心に狭い生活圏を重視する流れができている。ただ日本はマイカーでの移動を望む人が増えると思う。(生活圏のコンパクト化につながる)公共交通は人と人が無作為に近づいてしまう乗り物なので、税金を投入して拡充を図るための合意形成は難しいだろう」

 ▽適正な人口密度、地方都市からの提案を

 ―重要な問題提起だ。

 「今、人口密度の高さは毛嫌いされているが、それでも多くの人はある程度の密度がなければ寂しさを感じるだろう。山奥の一軒家なら感染リスクはないが、多くの現代人にそんな暮らし方はできない。適正な人口密度を地方が提案していくべきだと思う。人が集まっても東京ほど過密にはならない。地方都市の密度が(新型コロナとともに生きていく上で)一つの解決策になり得る」

 「とはいえ、大都市の住民が簡単に地方に移住するとも思わない。政権は地方創生と言い続けているが、東京一極集中が強まる結果になっている。いきなり見ず知らずの街には住めない。行政が率先して暮らしやすい環境の整備を進めてほしい」

高松琴平電気鉄道の車両。日常の「足」として市民に親しまれている=6月24日、高松市

 ▽まずは住んでいる人のための公共交通を

 「結局、ある程度の人口密度がない限り、鉄道や路線バスといった公共交通は持続できない。ただ、需要に最適化したタクシーなど、公共交通が個別移動に移っていく可能性はある。元気な人は自転車での移動が増えるだろう。軽くてパーソナルな移動手段にシフトし、それらが組み合わさって公共交通が維持される。地方鉄道は長期的にみるとお客様が減っていくビジネスだ。公共交通は今よりもっと社会的弱者のものになっていく。子どもたち、自転車に乗れない体の不自由な人たち、高齢者といったサービスの受益者だけが運賃を負担する形ではビジネスを持続できない」

 「ここ数年、交通と言えば訪日観光客を運ぶ議論が中心だったが、まずは住んでいる人たちのために交通はある。そこから街や交通の議論をスタートしないと。住んでいる人が快適なら観光客も居心地がいい。世界中の都市計画で、住民の健康を重視する傾向が強まっている。新型コロナは、街の在り方を問うきっかけにもなった。コンパクトに歩いて暮らせる健康な街を目指すのか、人と触れ合わないためにマイカー移動中心の街にするのか。われわれは分岐点にいる。前者を選ぶなら必須である公共交通を、地域がどう支えていくのか議論すべきだ」

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 真鍋康正(まなべ・やすまさ) 1976年生まれ。一橋大卒業後、東京都内の経営コンサルティング会社や投資会社に勤務。2014年6月から高松琴平電気鉄道社長。バス事業などを含むことでんグループの代表も務める。高松市出身。

高松琴平電気鉄道の本社=6月24日、高松市

 高松琴平電気鉄道 香川県内の私鉄3社が戦時中の国策によって統合され、1943年に誕生した。高松市の中心部を起点に3路線を持つ。総延長は60キロ。2001年に経営破綻し、民事再生法の適用を申請した。真鍋康正さんは経営コンサルタント会社勤務などを経て14年6月、社長に就任。若手社員の意見を積極的に取り入れる社風に変え、斬新なデザインのICカードやポスターが話題となる。人口減少が進む地方にあって、14年度に1292万人だった利用者数を19年度は1491万人まで増やした。

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