日本人親の子ども連れ去りに、世界がNO! EU議会が政府に禁止要請 変わるか社会通念

By 佐々木田鶴

請願した当事者とその子供たち (c) Vincent Fichot

 7月8日、欧州議会は、日本国籍とEU籍の両方を持つ子どもを日本人の親が連れ去ることを禁止するよう求める決議を、圧倒的賛成多数(賛成686、反対・棄権9)で採択した。といわれても、多くの日本の読者には何のことやらわからないかもしれない。EU市民を代表する欧州議会が抗議しているのは、EU籍を持つ子どもが、日本人のひとり親 に独断で連れ去られることにより「子どもの権利」が阻害されているという点だ。国際結婚が珍しくない現在でも、家族のあり方や子どもの権利についての日本の社会通念は、旧態依然のままだと欧州から見られているのだ。(ジャーナリスト=佐々木田鶴)

ベルギー・ブリュッセルにある欧州議会ビル=2019年(Taz)

 ▽5年で累計1万件の連れ去り発生?

 欧州議会には、EU市民が、直面する問題を訴え、助けを求めることのできる請願委員会というのがある。欧州市民の声を直接拾い上げる仕組みだ。今回は、フランス人、ドイツ人、イタリア人2人の合計4人の当事者による請願から始まった。彼らの日本人妻が、EU籍も持つ自身の子どもを日本に連れ去ってしまい、会うことさえままならない。日本は国境を越えた子どもの連れ去りを禁止するハーグ条約(「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約」日本は2014年に批准)に違反し、国連の子どもの権利条約(日本は1994年に批准)が保証する子どもの権利を守るための法整備も怠っていると訴えた。

 請願委員会事務局によると、正確な件数はわからないものの、「欧州ばかりでなく、北米、オセアニアからなどの情報を基に推計すると、日本人による子どもの連れ去りは、ここ5年ほどの累計で1万件を超える」という。欧州で子どもの奪取問題に取り組む国際民間非営利団体(NPO)ミッシング・チルドレン・ヨーロッパのデマレ氏は、日本のような先進国相手では信じがたい数だという。

 近年、欧州各国では、核心を突く調査報道で知られるテレビ番組や特集記事などが、日本人の親による子どもの連れ去り問題をよく報じるようになった。フランス国営放送の人気番組「特派員」では、フランス人パパが連れ去られたわが子に会おうと日本に潜入する密着番組が放映され、「おもてなし」が売りの日本で、「ガイジンは嫌いだ!」と怒鳴られたり、国際法とは無縁そうな地元のおまわりさんに不審者扱いされたりする様子が物議を醸した。この番組によれば、同じような境遇で連携するフランス人の親は100人以上もいるという。アメリカの団体BacHomeでは400件以上と推計しているので、累計1万件というのも的外れではないのかもしれない。

 ▽国際政治の場でも日本批判の大合唱

 マクロン仏大統領も、メルケル独首相も、コンテ伊首相も、これまで安倍首相に直接、何度も改善を要請してきた。在日本のEU加盟国の大使たちは、連名で日本の法務大臣に法整備を促す書簡を送っている。欧州議会の「子供の権利」専任コーディネータは、2018年以来、日本の法務大臣や駐EU日本大使に当事者たちの声を届けて改善を訴えている。19年8月には、国連人権委員会にも正式な訴えが起こされた。

そして、今回の決議では、EUはあらゆる外交機会を駆使して、日本に改善要求を続けるとしている。同じような外圧は、欧州以外からも繰り返されているはずだ。だが、今回の欧州議会決議を受けても、茂木敏充外務大臣は「決議にある『国際規約に遵守していない』という指摘はまったく当たらない」と答えている。政治家や行政がどこ吹く風と無作為に徹し、国内メディアがほとんど伝えなければ、日本社会や日本人に届くわけもない。

欧州連合(EU)欧州議会で子どもを連れ去られたと訴えるイタリア人とフランス人の男性=2月、ブリュッセル(ロイター=共同)

 ▽無断で子を連れ日本の実家へ帰ると誘拐に

 筆者のように日本国外で30年も生きていれば、国際結婚の破たんを見ることは多い。そもそも同国籍、同人種間のカップルであっても、半数以上が破綻する今日では無理もない。欧州では離婚届に捺印して役所に届け出るだけでは離婚は成立しない。裁判所が介入して、子どもがいれば、必然的に親権能力が問われ、共同親権の詳細が裁定され、養育費や日常生活の分担が取り決められる。

 にもかかわらず、日本人の女性の場合、関係が決裂すると一目散に子どもを連れて日本の実家に駆け込むことが多い。日系航空会社のカウンターでは、未成年の子どもを連れていても、パスポートと供に、欧米では常識的な「もう一人の親による同意書」の提示を求められることはまずないし、その行為が「誘拐」にあたるという意識もない。法律用語では「連れ去り」「奪取」と訳されている英語の「アブダクション」という言葉は、普通は「誘拐」と訳すのが一般的だ。

 知識人といえるような友人ですら、「日本人の母親なら、どうしようもないヨーロッパ人の父親の元に子供を残しておけないと思うのが当然」などという。日本人女性は良妻賢母で、ガイジン夫は悪者と決めつけて疑いもしないようだ。

 ハーグ条約関連の案件を多く手掛けて来た日本人の女性弁護士によれば、これらは日本の社会通念では当たり前だという。

 「日本社会では長年にわたり単独親権があまりにも当然でした。父親は外で働いて家庭に生活費を入れ、母親は家で子育てという社会通念が根強い。別居や離婚の際には、母親が子どもを連れて家を出るのが当たり前。男性側が親権を求めることもなかったし、子どもに会いたがるとは考えもしない。(別れた男性は)養育費も支払わず、次の女性と結婚して新しい生活を始め、前の家庭のことは忘れようとするのが仕方ないと見なされがち。(女性側は)子どもが小さければお父さんは死んだと伝えるか、極悪人に仕立て上げるしかない。日本人の多くが、この社会通念をオカシイとして行動してこなかったために、法律も裁判所も変わってこなかったというのが実情です」

 最近では日本の裁判所でも、連れ去られた子どもの返還を命ずるケースが増えてきているという。だが、関連する国際条約の精神が求めているのは、単に子どもだけを「返還」すればよいということではない。前述のデマレさんは、「子どもの権利に重きを置いて解決するならば、大人の都合で家庭が破壊されても、子どもが両親それぞれと親密な関係を保ち続けられる環境を、大人たちが用意しなければいけないのです」という。

 ▽日本に届け欧州決議

 筆者は、当地で、刑務所に服役中の親が子どもとの関係を修復するリハビリテーションを観察させてもらったことがある。精神科医師や心理カウンセラーなどの専門家が、専門の裁判官や社会福祉士とスクラムを組んで長期にわたって慎重に進めるものだった。親にとっては更生の原動力となるかもしれず、子どもにとっては生涯に渡っての数少ない身内かもしれないからだ。

 日本人と欧州人の両親が離婚し、ほとんど母親の元で父親の悪口ばかりを聞かされながら育った少女が、成人してから、父親とのよい関係を保って生きているケースも知っている。母親ががんで亡くなり、日本にはすでに遠縁の家族しかいない。父親の女癖も、稼ぎの悪さも、母親にとっては憎しみでしかなかったろうが、今の彼女には親身になってくれる唯一の家族だ。

 大人本意で作られた古い社会通念を捨てて、「子ども本位」に変容させていかなければ、「子どもの権利」は保障できない。そのためには、メディアや政治や司法が、大衆の好みにおもねるのではなく「違うよ、この方がいいよ」と変容の方向を指し示すことが大切ではないだろうか。欧州議会の決議が、少しでも良識ある日本の人々の心に届くことを願いたい。

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