[空150mまでのキャリア〜ロボティクスの先人達に訊く]Vol.05 産業用水中ドローンにかける想い

VUCA*の時代といわれて久しい。将来を見通すことが困難であるから、「強み」を生かして働くことが重要だという話も、かなり市民権を得てきたように思う。

「強み」とは、「Like(好き)」と「Can(得意)」が交わるところだ。好きなことも得意なことも、自分では当たり前に無理なくやれるがゆえに、自己認識しづらく悩む方は少なくないが、これは掘り下げれば必ず見つかる。

では、強みを明確にできた後には、どのような行動をとればよいのか。今回は、まさに強みを生かして起業し、技術者そして経営者として役割を広げて奮闘するFullDepth代表取締役社長CEOの伊藤昌平氏に、これまでの歩みや大事にしていること、産業用水中ドローンにかける想いを訊いた。

*VUCAとは社会の変化を予測しづらい現代、将来がどう変化するのかは、全く予測できない状況を指す言葉

「自分がやりたいことで、人の役に立つ」

FullDepth 代表取締役社長CEO 伊藤昌平氏

Dive into Frontierというミッションを掲げ、産業用水中ドローン開発を手がけるFullDepth(フルデプス)。この社名は、「海の一番深いところ、1万1000mまで解明しきる」という気持ちを込めてつけられたという。

というのも、FullDepth代表取締役社長CEOの伊藤氏が、「深海が好き」という子供の頃からの純粋な気持ちと、「試作ロボット開発」という得意領域を掛け合わせて起業したという背景がある。正確には起業ではなく、水中ドローンへの“事業転換”だ。

伊藤氏が水中のロボットを作ろうと思ったきっかけは、筑波大学在籍中、たまたまテレビで見かけた深海魚の映像だ。

伊藤氏:私が見たいナガヅエエソという深海魚が映っていました。いつも通り面白いなと思いながら見ていたのですが、途中でそもそも何で撮影しているのだろう、人があんまり入れないはずなのに、と疑問に思ったのです。その時、ロボットで撮影していることに気がつき、だったら自分で水中のロボットを作りたいと思いました。

FullDepthのロゴのモチーフとなったナガヅエエソのイラスト。腹びれと尾びれで三脚を作って海底に立ち、胸びれを前に向けて待ち構え、やってくる獲物を感知するという

その後、JAMSTEC(海洋開発研究機構)のインターンに応募。水中のロボットについて体系的に学んだ。筑波大学卒業後は、在学中からアルバイトをしていた、研究機関向けの試作ロボットの受託開発を手がける企業に就職した。

当初は「お小遣いを貯めて、純粋に趣味として、水中のロボットを作ろうと思っていた」そうで、そのための副業として、試作ロボット受託開発の仕事を始めた。これを法人化したのがFullDepthの始まりだった。

会社を興した大元の理由は、水中のロボットを作るためでしたが、開発資金を稼ぐために試作ロボット受託開発をしていたので、水中のロボットとは全然違うことをやっていました。どうすればもっとよいビジネスモデルになるのか考えていました。

転機は、筑波大学での学外聴講。これは、角界から外部講師を招聘した起業家育成講座で、働きながら聴講した。工学から離れて事業を学ぶ、いわゆる「大人の学び直し」ともいえるだろうか。

そこで聞いた、C Channel森川亮氏の「自分が一番モチベーションを大きくできるところで働き続けることが、一番パフォーマンスが出る」という話に心が動いた。同氏から「何がやりたい?」と問われ、初めて「深海調査用のロボットを作りたい」と言葉になった。

船上で実証実験を行う伊藤

幼少期から深海魚とロボットが好きだったという伊藤氏。深海魚は趣味、ロボットは仕事と分けて考え、進路や仕事を選んできた。水中のロボットの開発においては、本業と副業で多忙な中、「とにかく早く作りたい」と技術に意識が集中していた。

好きなこと2つを合体させた「水中のロボット」を仕事に。この発想に全く思い至らなかった理由を尋ねると、伊藤氏は「人から見れば当たり前のことかもしれないけど、ただ純粋に気がついてなかったですね」と笑った。根っからの技術者らしい。

モチベーションを高く持ち続けられることで、人の役に立つことができれば、働いていく中で最大限の成果が出せる。私の場合は、深海調査用のロボット。それに近いところで働くことができれば、一番世界にとっていいことなんじゃないかと思いました。

海全体の情報化が必要だ

試作ロボットの受託開発を長く経験してきた伊藤氏。「とにかく動くものをすぐに作ってくれ」という仕事が多く、そこには自信を持っていたという。水中のロボットも「こうすれば絶対にできる」という確信とスキルはあった。

水中のロボットを仕事にすることを視野に入れて、最初に行ったのは、水中のロボットに関わっている人への電話や直接訪問によるヒアリングだ。水中の点検や潜水工事を手がける会社、深海の科学調査を行う水族館など、時間が許す限り、泥臭くそして幅広く市場調査を行なった。

自分のためだけに趣味でやっていくべきなのか、それとも社会に必要そうなものであるのかを、まずは調べ始めました。働くならやっぱり人の役に立ちたいし、役に立つものだから仕事や事業にできるのだと思います。

すると、課題が見えてきた。深海どころか水中の浅いところでも、調査する手段がない。どうしても必要な場合には、人が潜るか、高額なコストを払ってロボットで調査や作業をするか、その二択だった。また、人でなければできない作業もたくさんある中、潜水の仕事は本当に過酷で命がけだということも分かってきた。

水中のインフラ点検は、老朽化が進む中どんどん加速しなければならないのに、潜水士は減っています。また、洋上風力発電や養殖場の大規模プラント化、海洋の新たなレジャーやモビリティなど、新しい産業も生まれつつあるのに、水中にアクセスする手段は限られたまま。水中の機械化を進めて、効率的に安全に作業できるようにしないと、そういったものもなかなか進みません。私がやろうとしていることが、役に立てる場所だと思いました。

伊藤氏は、自身のモチベーションの起源を、海に何があるのかを知りたいという“知識欲”だったと振り返るが、多くの人から話を聞いて情報を得る中で、「海全体の情報化が必要だ」というミッションを抱くようになる。

例えば、いま海洋のマイクロプラスティック問題が話題ですが、マイクロプラスティックがどれだけ広がっているのか、それがどういう影響を及ぼすかも解明されていなくて、その理由は海の情報が足りなさすぎるからです。洋上風力発電所の建設や資源の採掘にしても、知らないうちに地球のすごく大事なところを壊してしまって海が使えなくなるというリスクもあり得える話で、ほとんど分かっていない深海の情報を確実に集めて行くことは、地球にとって、人類にとって、必要なことだと思っています。

強みを明確にしたあと、キャリア開発において必要なのは、自ら世の中のニーズを掘り下げて自分事にするチカラだ。ちなみに、初めて資金調達する際にも「全ての海を見尽くす」と謳ったという。ベンチャーキャピタルの方々ともフラットに対話できる背景には、強みとニーズの把握、そして熱意があった。

「産業用水中ドローン」へのこだわり

2019年秋に販売開始した産業用水中ドローン「DiveUnit300」。最大潜行可能深度は300mとタフだが最少2名で運用可能

2016年3月、初回の資金調達に成功。同年7月には、初号機を完成させた。試作レベルとはいえ、4ヶ月というクイックな開発だ。試作ロボットの受託開発で培ったスキルが生きた。

次に、狙い通りに動くか、想定通りに少人数で運用可能かなどの機能的なテストを経て、ダム、ため池、湖、漁礁、養殖場、水産試験場、発電所、海洋調査などさまざまな場所で、用途の可能性を探ることを目的とした実証実験を繰り返したという。

開発のコンセプトは、「水中の状況を手軽に把握する手段を用意する」こと。調査の規模を縮小し、少人数で運用できる機械を導入することで、潜水作業の負荷を軽減することに重きを置いた。初号機開発から、2019年秋に新製品としてリリースした「DiveUnit300」まで、この想いは変わっていない。

産業用水中ドローンかくあるべき、というところを目指したいです。

水中の現場でたくさんの人から教えてもらった実情に応える形で、GPSが使えない位置情報取得の難しさ、4~5m先さえ見通せない水中の濁りなどのハードルを超え、業務上必要となる多様な装備を搭載できる「産業用水中ドローン」を、提案型で実現してきたのだ。今後はさらに、拡張性や堅牢性を追求する構えだ。

水中の状況を把握する手段、水中の作業を人に代替して行う手段は、お客様自身も分かっていない情報が多いので、私たちから発信して提供していきたいです。

例えば、水中ドローンにアームなどを装備して作業させるにしても、世の中に出回っているものの組み合わせだけでは、なかなか到達できないところがあるので、そこは当社としての課題でもありますし、他社との差別化のポイントにもなってくると認識しています。

吉賀氏と二人三脚での経営

COO吉賀智司氏(左)と伊藤氏(右)は大学時代のサークル仲間で、釣り友でもあったという

伊藤氏が技術者から経営者へと役割を広げるなかで、FullDepthの歩みに欠かせなかった重要人物がいる。共同代表に就任したCOOの吉賀智司氏だ。

ふたりは、筑波大学時代からの気のおけない友人同士。C Channel森川氏から問われた「本当は何をしたいの?」という質問は、実は同時に吉賀氏からも投げかけられた。

技術畑の伊藤氏に対して、吉賀氏のファーストキャリアはベンチャーキャピタル。同社への参画は、2016年3月の資金調達後だが、実は事業プラン策定から伊藤氏に伴走していた。伊藤氏は、「吉賀には、ノーガードでいろいろ話してしまう」と笑う。

技術者から経営者へと役割が広がって、もっとゼネラルにいろんな方向を見ながら、確たる情報がない近い未来を考えて動かなければいけないところは、すごく大変なことではありますが、それを模索し続ける姿勢を保つことが経営者の仕事だったりするのではないかと考えています。

事業をまわすところには吉賀がいてくれるので、役割分担して経営を成り立たせていくことを目指してやっています。

FullDepthの短期的な戦略は、選択と集中だ。喫緊の課題を抱えるインフラの維持管理へのソリューション開発および提供に注力するという。具体的には、ダム、洋上風力発電所、港や防波堤などの湾岸構造物、漁礁などで、いずれは空中の点検事業者と提携して「インフラ点検技術」として統合した形での国外輸出も視野に入れる。

しかし一方で、中長期的には、水中を人間が当たり前に活用できる領域として開拓していくための、「海全体の情報化」にもチャレンジしたい。これはすぐには回収が難しいが、R&Dとして使命感を持って遂行するという。

経営者として、同時に一人の人間として成し遂げたいことを旗印に、事業そして組織をまわしていくためには、吉賀氏のようなパートナーやフラットに意見交換できる投資家など、多くのサポーターが必要なのだと思うが、その吸引力となり信頼関係の礎となるのは「本当にやりたいこと」に愚直に向き合い続けられる熱意なのだろう。

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