【中原中也 詩の栞】 No.16 「風雨」(生前未発表詩)

雨の音のはげしきことよ
風吹けばひとしほまさり
風やめば つと和みつつ

雨風のあわただしさよ、
――悲しみに呆けし我に、
雨風のあわただし音よ  

悲しみに呆けし我の
思ひ出のかそけきことよ
それににて巷も家も
雨風にかすみてみゆる  

そがかすむ風情の中に、
ふと浮むわがありし日よ
風の音にうちまぎれつつ
ふとあざむわがありし日よ

【ひとことコラム】「あざむ」は「鮮やかになる」という意味の言葉。激しい風と雨にかすむ風景をスクリーンにして、心の内側が映し出されています。悲しみに蔽われて懐かしい思い出までもかすんでいく中、ふと浮かびあがる過去の一場面。詩人はそこにかけがえのないものを見出しています。

中原中也記念館館長 中原 豊

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