「元気なうちにしかお金が使えないから年金を早くもらう方が得」は正しいのか?

私は年金についての原稿をよく書いていますが、読者からのご意見を読むと、年金を早くに受け取った方がいいという考えの人が多いようです。理由としては、健康寿命のある元気なときにお金を使わないと、元気でなくなったときにお金があっても仕方がないという意見などです。

たしかに、元気なうちに旅行など楽しみのためにお金を使うのもとても大切です。しかし、年をとってもお金は必要になります。まして要介護になった時にはとくにお金が必要です。その時になって後悔しても遅いのです。

今回は、老後生活で、健康なうちにお金を使って、しかも要介護になった時にも安心な老後資金計画についてお話しをしましょう。


高齢者の消費支出と健康寿命

まずは、老後にはどのくらいお金が必要なのかというのを考えてみましょう。老後生活では、毎月どのくらいお金を使うことになるのでしょうか? 家計の消費支出のデータをみてみましょう。

家計調査(2019年)では、2人以上の無職世帯での平均消費支出は、60~69歳が29万2,533円です。70歳以上は24万1,262円で、約5万円減少しています。年齢とともに使うお金は減っています。

年間の金額では、60代は約351万円ですが、70歳以降は約290万円になりました。では、健康でいられる期間というのはどのくらいでしょうか? 健康寿命を参考にしたいと思います。

健康寿命とは、健康状態の問題によって何らかの制限をされることなく日常生活が送れる期間のことです。

平均寿命と健康寿命の差が「健康ではない期間」になります。2016年において、健康寿命は男性で約72歳、女性は約75歳になっていて、平均寿命との差は男性8.84年、女性12.35年です。

元気なうちに旅行へ行きたい、でも介護にも備えうる必要

こうみると、70歳前の元気なうちに旅行などをして、お金を使いたくなりますね。しかし、70歳以降も生活は続くのですから、長期の資金計画が必要です。元気で入れればいいのですが、もしも介護が必要になった場合のことも考えておきましょう。

認知症などで要介護になった時には、毎月の生活費のほかにさらに介護費用が支出の中に加わってきます。公的介護保険がありますから、原則1割負担ですので、自己負担は実質多くはありませんが、それだけでは、補うことができない場合もあります。介護は、「どこまでお金を掛けるのか?」ということで、費用も変わってきます。

ときには公的介護保険だけでは、満足のいかない場合もあります。その場合には自己負担になってきます。ですから、どこまで介護にお金をかけるのかということを前もって計画しておく必要があります。介護施設も費用によって、当然ランクも違ってくるのです。老後を豊かに暮らすのも、やはりお金があるのとないのとでは、大きな差が出てきます。そこをどう考えるかです。

老後生活の2つのシミュレーション、こんなに差がでる?

では、60代で元気なときの老後の生活費と70歳以降の生活費について、どうすればいいのかを、シミュレーションをしてみましょう。

ケースA
65歳の夫婦二人暮らし、老後資金が2,000万円、年金額が240万円の家庭です。会社を退職して、65歳からの年金240万円と老後資金からの取り崩し分100万円の合計340万円で生活をしています。

旅行を年1回行くとして、1回で40万円使います。ですので、実質の生活費は300万円です。なんとか、70歳まではこのスタイルを続けます。そして95歳まで生きるとしたら、70歳以降は毎年の取り崩し額は60万円になります。

整理してみましょう。

65歳の夫婦二人世帯、老後資金2,000万円。65歳からの年金額は240万円。95歳まで生きているとする
65歳から70歳まで:年金額240万円+取り崩し100万円=生活費340万円
70歳から95歳まで:年金額240万円+取り崩し60万円=生活費300万円

ケースB
ケースAと同じ条件ですが、70歳まで年金の繰下げ受給をしました。そこで65歳から70歳までは、老後資金の2000万円を取り崩しながら生活をすることにしました。繰下げ受給をしたので、70歳からの受取金額は42%増額して340.8万円になります。95歳まで生きるとすると、

65歳から70歳まで:老後資金からの取り崩し350万円(350万円×5年=1,750万円、残高250万円)
70歳から95歳まで:年金額340.8万円=340.8万円

老後の介護費用に対応できる老後資金の計画

このシミュレーションでわかるように、Bのケースで繰下げ受給をした場合には、70歳以降は約341万円の年金がずっと入ってくるので、これで生活の質を落とすことなく暮らしていけます。さらに老後資金も250万円が残っています。もし、介護が必要になった時にはこれで対応することができます。では、介護費用でどのくらい必要になるのかという数字を見てみましょう。

損保ジャパン日本興亜の「介護費用に関するアンケート(2019年)」のデータを参考にすると、介護の初期費用としては98.1万円、月額平均費用としては、12.7万円です。

ケースAの場合は、老後資金を取り崩して生活していますから、初期費用としては対応できると思います。しかし、70歳以降は、ほぼギリギリの生活費になっているので、生活費を切り詰める、または、老後資金からの取り崩し額を増やすという方法になります。すると老後資金は95歳までは持つ予定だったのが、介護により計画が破綻してしまうことになりかねません。

一方、ケースBを見てみましょう。70歳まで生活費として取り崩した老後資金ですが、まだ残高が250万円残っています。このお金を使えば、介護の初期費用に充てることができます。このための余裕資金です。

その後の介護費用としての12.7万円は、年金の受け取り額に余裕があるので、この中から支払うことができます。それでも、ケースAよりもかなりゆとりのある生活が可能になります。

考えずに繰上げ受給をすると、悲惨な現実に

もし、60歳から年金を繰上げ受給して、「できるだけ元気な間に楽しんでしまおう!」と使ってしまうと、その後の生活が大変なことになります。たしかに60代前半は、再雇用でお金に余裕はでるかも知れません。しかし、60歳で年金を繰上げ受給すると、30%の減額になります(2022年より減額率は24%に改定)。年金は168万円です。つまり月額14万円で生活をすることになってしまいます。

70歳以降かなり厳しい生活が待っていると言っていいでしょう。要介護になってしまうとさらに悲惨になってくると想像されます。このシュミレーションですと繰上げ受給を考えない方が賢明だということがわかります。

元気なうちも楽しく、そして死ぬまで楽しく暮らせる老後資金の考え方

人の寿命と同じで、介護は、いつから始まり、いつまで続くのか予測ができません。楽しい老後生活を送るには、やはり生活にゆとりがあるということがとても大切になってきます。

たしかに、元気なうちに旅行など、いろんなことを楽しみたいです。しかし、その後も人生は続くのです。最後まで楽しかったと思える一生を過ごすためにも年金を繰下げ受給してお金を増やすことを検討してはどうでしょうか。

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