「夜の街」を責めるよりも優先すべきこと

コロナとマイノリティを考える

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西澤真理子

リスク管理・コミュニケーションコンサルタント

西澤真理子

リスク管理・コミュニケーションコンサルタント

リスク管理・コミュニケーションコンサルタント。リテラジャパン代表。インペリアルカレッジ・ロンドンでPhD(リスク政策・コミュニケーション)。厚生労働省などで委員を務める。福島での原発事故時には福島飯舘村アドバイザー。IAEA(国際原子力機関)パブリックコミュニケーションコンサルタント

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東京・新宿の歌舞伎町を行き交う人たち=3日

 新型コロナウイルスに感染したくない。それは誰でもが思うこと。それは「夜の街」で働く人、なかでもセクシュアルマイノリティの世界ではより切実だ。なぜなら、どこで、誰から、どのように感染したかを簡単には話せないから。取り締まりを強化するだけでは、その壁は取り除けない。夜の街を忌諱し、責めることで分断を招くより、予防策、対処法を丁寧に伝え、共有することが対策としてはより効果的ではないのだろうか。(リスク管理・コミュニケーションコンサルタント=西澤真理子)

 ▽感染予防に積極的な経営者ら

 筆者は主宰する「夜の街応援!プロジェクト」の一環で、新宿区や横浜市のホストクラブやバーなどを対象に、感染に詳しい公衆衛生医の岩室紳也医師と、コロナ対策を店舗と共に考える「レッスン」を行っている。岩室医師は「新宿二丁目営業再開のためのガイドライン」を監修している。

夜の街応援!プロジェクトレッスンで筆者(中央)と岩室医師(右側)

 東京の新宿二丁目は、小さな店が密集し、店舗が狭く、独特の雰囲気を醸し出している。一方、それが、「3密」(密接、密集、密閉)の状態となり、新型コロナウイルスのクラスター(集団感染)を生む条件が揃いがちとも言われている。

 先日、新宿二丁目のNPOが主宰し、医師、保健師などの専門家に具体的な予防策を聞く勉強会に出席する機会があった。会場にはアルコール消毒液が置いてあり、集まった30人ぐらいの参加者からは、正確な情報を収集し、感染予防を知ろうという積極的な姿勢を感じた。勉強会では感染症の医師が講演し具体的な予防策を説明。保健師からは「陽性者を責めるよりも気軽に相談できる、言える環境が必要。我々はAIDS/HIVの経験があり、セクシュアリティについては普通の人より勉強しています。気軽に保健所の戸をたたいてほしい」と呼び掛けがあった。

 今後、新宿二丁目のコミュニティはNPOを中心に、行政や医療とも連携していくという。相談窓口も開設、行政につなぐ前の身近な相談に乗る入り口になるようだ。情報共有、行政や専門家とのネットワーク作りの点で、この勉強会は「正しく怖がる」ために、とても有意義だった。

ホストクラブの店内でリスク低減策を説明する岩室医師

 ▽マイノリティ特有の不安

 実は、この会では参加したバーやクラブなどの店舗の経営者、スタッフから切実な声を聞くこともできた。筆者は、「感染した」と正直に言えるハードルがここまで高いとは知らなかった。ウイルス感染の不安、夜の街への風当たりの強さから客が減っている中での経営不安、自分達のアイデンティティを守るという、3つの大きな課題に直面していたのだった。

 コロナは誰でもがかかる可能性がある。なのに、あたかも陽性になることが自己責任で、生活態度に問題があるかのように責めて「夜の街」を忌諱する空気があれば、コロナにり患しても、それを言い出すことができないし、感染経路不明者が減ることはない。

 ある感染症の専門医は「排除された人たちが都内から全国に散らばる怖さ」が気になっていると話す。だからそうなる前に「予防の仕方」を伝えることが重要だ。しかし、信頼があってこそ相手の情報を信じられるし、本音の対話ができ、行動を変えるきっかけにもなる。でも、不信感によりコミュニケーションが断絶すると、行動は変わらない。そういうケースは2011年の福島原発事故で目の当たりした。「一体、誰を信じたらいいんでしょうか?」。そう筆者に問いかけてきたお母さんを思い出す。福島県飯舘村住民の、行政や科学者に対する不信感は放射線の正確なリスクを伝える作業を困難にした。

 リスクコミュニケーションの基本は「信頼」。コミュニケーションの実践を通じ、共に信頼感を築きあげる。しかし、相手が裏切るのではないか、自分の意思に反しプライバシーが明らかにされてしてしまうのではないかという不安があれば、相手は心を開かない。

「香まり」での筆者(手前)と岩室医師(奥)

 ▽感染経路追跡より、予防策と対応策の徹底を

 さらにもう一つ考える必要がある。岩室医師が指摘していたことだが、濃厚接触者について、どの程度まで相手にたどり着く必要があるのかということだ。新規感染者のうち、感染経路不明者が半数もいるのなら、正確な予防策、り患した際の対応策を知ることに多くの労力を使う方が、持続的な感染予防策と経済両立には有効ではないかと考える。

 今回、新宿2丁目コミュニティの勉強会に参加し、「夜の街」といっても、それぞれ個性があり、独特の文化もあることを再確認した。その違いを互いに尊重し、感染症対策を行うことの大切さをことさら考えさせられた。言い換えれば、リスクコミュニケーションを可能にするためには、お互いを認めあい、尊重できる土壌がいかに大切か、だ。レッテル張り、責めること、忌諱することは、感染者が名乗り出られない土壌を創り出す。

 本プロジェクトに参加し、新宿二丁目でバー「香まり」を経営する一ノ瀬文香さんはこう話していた。

 「夜の街が他から切り離されて語られること、その言葉から感じる差別心に対して、もやもやします。夜の街の分断を促すような発言も残念。接待を伴う店とそうでない店とは、警察への届出書類からも営業形態が異なりますが、夜の街を盛り上げている思いに共通するものはあるはず。そして、仕事に対して誇りを持って臨んでいる思いがある人とない人がいるのは、昼も夜も一緒のはず。みんなが『コロナにかかったらどうしよう』と不安を抱えているからこそ『予防方法』と一緒に『コロナにかかったときにどうしたら良いか』を聞きたい。コロナに、もしもかかっても、こう対処すれば良いと分かれば、気持ちが軽くなります」

 リスクをあおらず、忌諱せず、「正しく」怖がるために正確な予防策を共有する。もしもの場合にどうするかを共に考えていく。コロナ対策をこの先どう進めるのかを考えるとき、こうしたリスク管理の基本があらためて重要なのだと思う。