Bom trabalho !!(ポルトガル語でGood Job)
Jリーグのファジアーノ岡山で通訳兼強化部を務める平安山(へんざん)です。
仕事内容と苗字のせいで外国人と間違えられる事が多々あります。笑
さて、今回は私が普段仕事をしている中で務める事の多い「スポーツ通訳」について執筆依頼がありましたので、私の場合の一例を紹介したいと思います。
通訳以外にも色々な事に手を出すので経歴がごちゃごちゃしているのですが(笑)
ざっくりと通訳だけの経歴をまとめますと、ポルトガル語ではブラジルW杯やリオ五輪、そして明治安田生命JリーグのFC琉球と現職のファジアーノ岡山で通訳経験があり、スペイン語ではアルゼンチン人選手の日本でのトライアウト参加をサポートした事があります。
英語は同時通訳というまでは難しいですが、マレーシア人選手のサポートをしています。
写真:グラウンドでの通訳(※右が平安山氏)
通訳というと“語学”についてのイメージは何となくあると思いますが、実はそれ以外にも必要な事が色々あります。
また、通訳がさらに日本サッカー界に貢献していく語学力の使い方も私はあるのではないかと考えています。
そんな「知られざるニュータイプの通訳」について、お楽しみ頂けましたら幸いです。
前編となるこの記事では一般の方々になかなか知られていない意外な部分の通訳の仕事や芸術性を。
後編では私が語学力を活かして行っているちょっと変わった仕事をご紹介します。
~知られざる通訳の仕事と芸術性~
ピッチ外での通訳の仕事
通訳と聞くと、インタビューや試合での通訳を思い浮かべる方は多いのではないでしょうか?
チームによってもやり方は変わってくる部分もありますが、基本的なJクラブの通訳は、よく見かける選手のピッチ内の言葉のサポート、そして実はピッチ外のサポートもあります。
ピッチ外では選手が日常生活をストレス無く過ごしてプレーに専念できるように整えていくのが仕事で、選手によって何をやるか、どんなサポートをするかは少し変わってきます。
子供や家族がいる選手なら、奥様の美容に関わるお店を探したり、子供の通う学校を探す事もあります。
美容と言ってもダイエットなのか、マニキュアなのか、散髪なのか、何をどうしたいのかでも変わりますし、子供の学校もインターナショナルスクールなのか日本の学校なのかなど要望は多岐にわたるでしょう。
通訳をやってみて最初の頃は、僕自身がインターナショナルスクールに通った経験がなかったり、子供もいないので法律や制度も中途半端にしか分からないなど、実は語学以外の事で戸惑ったりもしました。
日本人が日本人として日本に住む事と、外国人として日本で住む事では違う部分もあります。
日本で生まれ育った私には外国人が日本に住むためのビザの細かい条件や運転免許の取得方法までは当初よく分かりませんでした。
外国人だと契約に制限があるサービスが存在したり、日本人が日本人として暮らす分には気付かなかった事もありました。
初めての海外挑戦という若くて独身の選手であれば、日本のスーパーの生まれて初めて見る商品の説明文が分からず、食品がうまく揃えられずにコンディションに関わる可能性もあるので、最初の頃にはある程度一緒にいる時間を長くしています。
「何番のセルフレジで会計してください」と日本語で言われると戸惑うでしょう。
「お箸は要りますか?」「袋は3円になりますが必要ですか?」の質問も混乱します。笑
ピッチ内でよく使うサッカー用語であれば数が限られているので、私が取り組んでいる工夫としては、Wordや私の公式Noteの記事に重要サッカー単語をまとめておいて、それを渡して覚えてもらうようにしています。
しかし日常の日本語はほぼ無限大なので、やはり近くで慣れるまでサポートし、タイミングを見て自立させていくバランス感覚も必要なのかなと考えいます。
写真:サッカーで使う日本語
また、選手の性格によっては、通訳の裁量でリフレッシュしてもらうために観光地やブラジル料理店に連れて行く事や、日本でしか経験出来ない事(日本食や相撲観戦、バッティングセンターなど)を提案する事もあります。
何が好きで何が苦手か、子供の有無や妊娠、経済状況や病気、どんな状況にいるかは選手それぞれ千差万別なので、その分だけ違う仕事に出会います。
チームで指定された仕事だけをやるわけではなく、現在のコロナ禍であれば先回りしてマスクやアルコール消毒液を揃えておいたり、感染者状況や予防方法を伝えたりする気遣いも大事になってきます。
同じように、少しずつ出来る事を増やして自立してもらったほうがチームにも本人にも良いという判断であれば、あえて離れるという気遣いの形もまたあると思います。
人生の重要な場面に関わるときは責任感やプレッシャーもありますし、うまくいけば喜びも感じます。
また、色々な経験を共有出来るのは僕の人生にも様々な発見をもたらしてくれます。
※昨季から岡山でプレーするFWレオ・ミネイロ。
ピッチ内の専門性
ピッチ内の通訳に関しては、サッカー競技の理解度と専門用語の習得、そして瞬間変換力が求められます。
通訳というと一括りにされ、どんな場面でも対応出来ると思われがちなのですが、それは半分正解で半分不正解。
実は通訳の中にも専門分野があります。
例えば同じ日本人同士の会話でも、“戦術的ピリオダイゼーション理論”、“ゲームモデル”、“ポジショナルプレーとストーミング”という言葉は、サッカーの戦術論が好きな人には分かっても、一般的な日本人は聞いた事もないはずです。
同じく、“HTML”や“Java”はプログラミング、“エンゲージメント”はSNSマーケティング、“ゼニガメ”はアニメ、執行役員と取締役の違い。
他にも車の細かい備品や法律、医療用語や学会の論文、珍しい生き物の名前。
それぞれの業界用語は、その業界では誰でも知っている当たり前、基本中の基本かも知れませんが、業界外の人間には同じ日本人でも分からない言葉が出てくるはずです。
そういう意味で、通訳する時にその業界への理解度や専門用語の習得度、通訳に合っているかどうかで上手く訳せるかどうかは変わってきます。
「通訳なら何でも訳せる」は、簡単な日常会話なら概ね間違いではありませんが、一方で実は専門分野や得意分野がある事は意外と知られていません。
※MFパウリーニョは今年で来日11年目。
誤訳と思わせてからが通訳
よく聞く通訳の問題には「誤訳」が挙げられます。
もちろん我々も人間ですから、前項で挙げたように専門外の言葉が分からなかったり、単純に聞き間違いや勘違いをしたり、経験が足りない事もあるかも知れません。
ですが、通訳の上手さを理解出来るようになると、誤訳と思っていた言葉が芸術に見えてくる、そんな経験もします。
よく一般の方に思われている「正しい通訳」とは、「直訳である」場合が多いからです。
◯日本語が存在しない物
例えばブラジル人が「パワーの源はシュラスコ」と言った時に、シュラスコを知らない人にはどう伝えるべきでしょうか?
シュラスコとそのまま訳しても間違いではありませんが、知らない方にはイメージ出来ません。
なので、敢えて「パワーの源はシュラスコという、ブラジル式BBQです」と、補足を入れる通訳のほうが、多くの日本人にはイメージが伝わるのではないでしょうか。
ただ、この通訳法は「原文はそんなに長く話していないじゃないか」「ブラジルなんて単語は話してないのに勝手に付け足してるじゃないか」と誤解されやすいので、選手と事前に話して可能な限り心配を取り除いておく必要があります。
長く関わる選手には事前に説明出来るので良くても、画面の向こうにいらっしゃる視聴者様には事前説明は出来ないので、少し難しさを感じる所です。
写真:記者会見の通訳現場
◯ことわざや比喩表現
「石の上にも3年」ということわざをご存知の方も多いのではないでしょうか?
辞書によると「冷たい石の上でも3年も座りつづけていれば暖まってくる。がまん強く辛抱すれば必ず成功することのたとえ」です。
これを翻訳アプリにかけてみると「3 years on the stone」と訳しました。
直訳としては合っていますが、言いたい事は違いますよね?
「我慢強くいればいつか成功する」と言いたいのであって、別に「3年間石の上にいろ」とそのままの意味で伝わってしまうとかなりクレイジーです。笑
英語では「Perseverance pays dividends」ということわざがあるそうで、直訳すると「辛抱は配当を支払う」という事になるそうです。
辛抱とは概念なので本当にお金を払う事はありませんが、「我慢強くいればいつか成功する」という伝えたい意味は同じです。
この2つは直訳すれば全く違う意味の言葉ですが、本当に伝えたい意味は同じで、ことわざとしての深みもなるべく維持しています。
こういう、《直訳ではないけれど意味も深みもユーモアも消さない通訳》というのはもはや芸術です。
これが瞬間変換力になります。
直訳しているだけでは単に「外国語が話せる人」であって、「通訳」とはまた一つ違ってくるのです。
◯翻訳の芸術
DMM英会話より引用です。
“bear(熊)と bear(我慢する)”
ある映画でクマの絵が描かれたお菓子のパッケージに「unBEARably GOOD !!」という文句がありました。
これは “bear” に「熊」と「我慢する」の意味があることをかけたダジャレです。直訳すれば「我慢できないほど美味しい!」ですが、それではダジャレにならないので翻訳者はこう訳しました。
〈日本語訳〉
“美味しくてクマっちゃう!”
いかがでしょうか?
直訳ではなく、敢えて違う言葉に訳した事で、むしろ伝えたい本当の意味も、そのユーモアも伝わっていますよね?
「我慢できないほど美味しい!」ではダジャレのユーモアやインパクトは残せないはずです。
時に通訳は「ノリで訳すのは悪い通訳」と言われます。
それが本当にいい加減な通訳なら悪いことですが、実はプロの通訳のハイレベルな技なのかも知れません。
むしろ私はFC琉球時代、言葉が出来るだけの直訳しか出来ない初心者通訳を抜け出すのに、この“ノリで訳す”技術と経験を手に入れるための努力をしてきて、今も継続しています。
1秒で同時通訳しないといけない現場では、時に“ノリで訳す”事は高等テクニックなのです。
まとめ
ここまでが前編、一般的な通訳の仕事の紹介になります。
“一般的な通訳”とは言いましたが、それでも意外な事もあったのではないでしょうか?
後編では通訳としても珍しい私の仕事内容をご紹介します。
少し変わっていますが、だからこそ面白いと思いますので、是非ご覧くださいませ!
さて、7月10日のファジアーノ岡山vsギラヴァンツ北九州を皮切りに、サポーターのいる試合が戻ってきました。
Jリーグ全体としても歴史的な有観客再開戦をファジアーノ岡山のホームで迎えられた事は光栄に思います。
とは言えまだまだ制限付きで、普段通りの観客数ではありません。
1日も早くこんな多くのサポーターの皆様と一緒に喜びを分かち合える日常が戻ってくる事を願っています。
次のファジアーノ岡山のホームゲームは、7月29日(水)19:00からの京都サンガF.C.戦となります。
まだまだ観客数に制限付きではありますが、ファジアーノ岡山では「リモート応援ダン」と題して岡山市在住の希望者の方々の顔写真を無料でスタジアムに掲出しています。
試合を楽しみながら、DAZNで観客席の自分の顔を探しても、“ウォーリーを探せ”のようなまた新しい楽しみ方を開拓出来るかも知れません。
ちなみにファジアーノ岡山のクラブハウスでは、私の机の正面に応援ダンのサンプルが置かれていたので、監視されているようでサボれずプレッシャーを感じて仕事していました。笑
スタジアムにあなたの写真をご掲出頂けると力になりますので、岡山市在住の方は是非ご応募お願いします。
【関連記事】コロナ禍のJリーグに新たな潮流!個性豊かな「グッズ担当アカウント」が今おもしろい
それでは通訳記事の後編で会いましょう!
Até logo(またね!)