核戦争も目前? 原爆開発を「偉業」とたたえる大統領 映画「渚にて」の警告今こそ

By 江刺昭子

2017年2月11日、北朝鮮のミサイル発射を受け、安倍晋三首相と共同記者発表するトランプ米大統領=フロリダ州パームビーチ(共同)

 75年前の7月16日、アメリカ西部ニューメキシコ州の「トリニティ・サイト」で世界初の核実験が行われ、その3週間後に、広島と長崎に原爆が投下された。この実験についてトランプ米大統領は次のような声明を出した。

 「このすばらしい偉業は、第二次世界大戦の終結を促し、世界の安定と科学技術の革新、経済的繁栄の時代を開始したマンハッタンプロジェクトの集大成だ」(毎日新聞)

 あのとき日本にはもう戦う力は残っておらず、敗戦は明らかだった。2発の原爆がどれほどの惨禍をもたらしたか、大統領は知ろうともしていないようだ。

 日本原水爆被害者団体協議会は「広島、長崎の被爆者は、腹の底から湧き上がる怒りを抑えることができない」と抗議し、発言の撤回を求めている。

 「使える核」へと核体制の見直しが進むなか、わたしたちは大統領が暴走して明日にも「核」のボタンを押すのではないかという恐怖と隣り合わせにいる。

 コロナ禍で人影が途絶えた街を歩きながら、60年前に観た映画のラストシーンが蘇った。建物や道路は無傷なのに、電車は止まったまま。広場にキリスト教の集会に使われた横断幕が風にはためいている。「兄弟たち、まだ時間はある」。でも、人は誰もいない。

 スタンレー・クレーマー監督の「渚にて」(On the Beach)は1959年に製作された。原作はイギリスの作家ネビル・シュートが57年に発表した近未来小説。米ソの冷戦下、世界が明日にも核戦争に突入するかもしれないという危機感を背景に、その危機感が現実になって人類が死滅するというストーリーだ。

 日本の劇場公開は60年で、安保闘争が沈静化したあとの、しらけた気分で観に行ったのを覚えている。哀調を帯びた音楽、海辺を歩くグレゴリー・ペックとエバ・ガードナーのシルエットが印象的だった。60年ぶりにDVDで観て、モノクロ画面が新鮮だった。そして、当時はよく理解していなかった映画のメッセージに気がついた。

 全面核戦争で北半球が放射能で汚染され、アメリカ合衆国はもはや存在しない。潜航していて難をまぬがれた米国海軍の原子力潜水艦スコーピオン号が、オーストラリア・メルボルンの港に浮上する。

 上陸した艦長はオーストラリアの海軍士官のホームパーティに招待される。客のひとりが言う。

 「科学者は原爆を作り実験をして爆発させた。おかげでわれわれは全滅だ。この部屋の放射能ですら去年の9倍に増えている。わからんのか。俺たちはみんな死ぬ。飲んだくれて死ぬだけだ。生き残るチャンスはないんだ」

 場がしらける。みんな、あと5カ月で死ぬことがわかっているからだ。

 内部被曝という言葉がない時代。核爆弾の爆発による直接被爆だけでなく、放射性物質が発する放射線によっても人は確実に死ぬことを、映画は強調している。

 それでも日常の営みは続く。カメラは、街に、山や海に、人々の姿を追う。

 石油の備蓄が尽きて車が使えず、街には自転車と馬車が溢れている。艦長がパーティーで知り合った恋人と渓流で鱒釣りをしている。ボーイスカウトは整然と渡河訓練をしている。海ではヨットレースが行われている。

 酒場では老人たちがビリヤードに興じながら、ワインが400樽も残っているのに、とても飲みきれないとぼやく。

 若い母親が情緒不安定になって夫にくってかかり、艦長の恋人はフランスに手袋を買いに行きたかったと泣きじゃくる。

 やがて体調を崩すものが出てくる。街に長い行列ができる。安楽死できる薬箱をもらうためだ。パニックを起こさず、こんなに行儀よく終末状態を受け入れることができるのは、政治がちゃんと機能しているからだろうか。尊厳死とは…という重いテーマも突きつけられる。

 艦長は恋人と別れ、スコーピオン号でアメリカへ“帰国”する。生き残るためではなく、艦を海に沈めるために。原子力潜水艦も核爆弾と同じように、核分裂によるエネルギーを利用している。それを永久に海に沈めるという設定は、核の否定というメッセージを込めたのだろう。

 目に見えない放射能がじわじわと体を侵してくる恐怖は、新型コロナ感染症にも似ている。でも、人類は感染症と闘いながら生き延びてきたし、今も不自由な生活に耐えながら、わたしたちは希望を捨てていない。一方、核戦争の行く末には希望のかけらもない。

 最後に、潜水艦の中の軍人たちのやり取りを紹介する。

 「みんな戦争に反対した。だのになぜ?」 「明快な答えはない。平和を守るために武器を持とうとする。使えば人類が絶滅する兵器をね。原子力兵器戦争が果てしなく続く。制御がきかなくなり、どこかで、誰かが、レーダーで何かを見る。千分の1秒遅れたら、自国の滅亡だと思い、ボタンを押す…」

 60年前の警告は今も有効だ。トランプ氏の声明はそれをあらわにし、わたしたちに突きつけている。(女性史研究者・江刺昭子)

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