安楽死4要件を逸脱 ALS女性は死期迫らず、違法判断

終末期医療で医師が送検された事件

 筋萎縮性側索硬化症(ALS)の女性に対する嘱託殺人容疑で医師2人が23日、京都府警に逮捕された。投薬などによって死期を早める「積極的安楽死」は国内では認められていないが、「耐えがたい苦痛」「死期が迫っている」など四つの要件を満たせば違法性は免れるとの判例がある。しかし、会員制交流サイト(SNS)への投稿や関係者への取材によると、今回の事件はその要件を逸脱している。

 1991年、東海大病院で、こん睡状態の末期がん患者に対し、家族の要請を受けて医師が塩化カリウムを投与して死亡させる事件が起きた。この事件で横浜地裁は積極的安楽死が許される基準として、(1)患者に耐えがたい肉体的苦痛がある(2)死が避けられない末期状態(3)苦痛の除去、緩和の方法を尽くし他に代替手段がない(4)患者本人の意思表示がある―の4要件を示した。

 東海大病院事件では、この要件を満たさないとして殺人罪を認定した。ただし、この事件を除けば司法の場で4要件に照らして医師らの刑事責任が判断された事件はなく、4要件を満たしたと認められた事例もない。

 今回の事件では、殺害されたALS患者の林優里さん=当時(51)=はSNSで、何度も安楽死の願望を投稿したり、容疑者とみられる人物とやりとりしたりしていた。しかし、4要件の「本人の意思表示」はチームによる医療と丁寧な説明を前提としており、面識がなかった容疑者らへの意思表示は要件を満たさない可能性がある。

 ほかの3要件についても疑問が浮かぶ。ALSは全身が徐々に動かなくなる神経難病だが、一般的に末期がんとは病状が異なる。林さんのSNSの投稿でも、激しい体の痛みに苦しむような記述は見られない。病気による精神的苦痛は計り知れないが、4要件で問われるのはあくまで肉体的苦痛の有無だ。

 ALS患者であっても人工呼吸器を装着すれば死は避けられる。関係者への取材からは、林さんは人工呼吸器を必要とするほど病状が進んでいたとの証言も出てこない。

 京都府警はこうした林さんの状態を4要件に照らした上で、今回の事件が違法性が阻却される積極的安楽死ではなく、嘱託殺人に該当すると判断したとみられる。

「死ぬ権利」 賛否鋭く対立 事件のたび議論過熱

 国内で「安楽死」を巡って医師が殺人容疑で逮捕・書類送検された事件は少なくとも7件あるが、有罪判決が言い渡されたのは2件。残る5件は全て嫌疑不十分で不起訴処分になっている。こうした事件の度に安楽死や尊厳死の法制化を巡る議論が起こるが、賛否の意見は鋭く対立している。

 初めて医師の刑事責任が問われた1991年の東海大病院事件で横浜地裁は「患者に肉体的苦痛はなく、意思の明示もなかった」として殺人罪を認定し、医師に懲役2年、執行猶予2年の判決を言い渡した。2002年に発覚した川崎協同病院事件は、医師がこん睡状態の患者に筋弛緩(しかん)剤を投与。東京高裁は「死期は切迫しておらず、患者本人の意思が不明」として懲役1年6月、執行猶予3年を言い渡し、最高裁で確定した。

 しかし、末期がん患者に致死量のモルヒネを投与した1996年の国保京北病院事件や、2006年に発覚した末期の高齢患者7人の人工呼吸器を外した射水市民病院事件など残る5件は、投薬や呼吸器外しと死亡との因果関係が立証できないとして、いずれも嫌疑不十分で不起訴処分になっている。「終末期の医療処置」を罪に問うハードルの高さがのぞく。

 こうした事件が明らかになるたび、「死の自己決定」を巡る議論は過熱した。

 一般的に、毒物などで死期を早める行為は「積極的安楽死」と呼ばれる。これに対し、延命治療を中止することは「消極的安楽死」と言われ、自然な死を望む患者の意思で治療を拒否する場合は「尊厳死」とも呼ばれる。

 7件の事件のうち国保京北病院事件を除き、投薬や延命治療中止について患者、家族どちらかの同意があったとされ、「治る見込みがないなら延命治療を望まない」とする声が高まった。川崎協同病院事件の東京高裁判決(07年)は、「尊厳死を許容する法律制定やガイドライン策定が必要」とも提言した。

 12年には、尊厳死の法制化を目指す超党派の国会議員連盟が、患者本人の意思を書面にしていることなどを条件に、延命治療を中止しても医師は免責されるとの法案の原案をまとめた。

 しかし、障害者の家族や学識者らからは、「死ぬ権利の法制化は、実際上、病人や老人に『死ね』と圧力を加えることになる」「生を支える社会態勢づくりこそ急ぐべきだ」と反対の声が上がった。

 日本医師会は14年、尊厳死の法制化に慎重な立場を明らかにした上で、医師会の「終末期医療に関するガイドライン」を順守することで法的に免責されることが望ましいと明言した。ただし、積極的安楽死や自殺ほう助は行わないとガイドラインに明記している。

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