マクラーレンの新機軸「GT」 スーパースポーツに実用性は必要か?

マクラーレンの名を冠したクルマに求められるのは世界最高のスポーツ性能。「それだけで十分」といわれる究極のスーパースポーツのラインナップに、新しく加わったGTとはどんな世界を見せてくれるクルマなのでしょうか?


快適で実用的なピュアスポーツ

サーキットで活躍しているクルマがそのまま公道に降り立ちました、と言っていいほどハイパフォーマンスのマクラーレン。各モデルをきちんと乗りこなすには、生半可なドライビングスキルではステアリングを握ることさえ許されないような気分になります。

フェラーリやランボルギーニ、そしてポルシェなどに比べると少々敷居が高く、マニアックな香りもします。当然、マクラーレンのファンは“その特別な近寄りがたさこそ価値がある”と考える人も多くいます。走りに徹して、人を寄せ付けないオーラに魅力を感じているという人が多いのです。

そんなマクラーレンのラインナップに昨夏、「日常的な快適性や利便性を優先的に考えたマクラーレンの新機軸のスーパーカーである」という説明とともに日本デビューを果たしたのが「GT」です。本来はグランド・ツーリスモ、つまり大陸を高速で旅行できる長距離スポーツ走行性能と同時に、快適なキャビンと実用的なラゲッジスペースなど、実用性をバランス良く備えていることが条件となります。スーパースポーツとして、走りに徹したマクラーレンにとって、実用ということはその点、考えなくて良い部分でした。

これまでのマクラーレンの各モデルより伸びやかなフォルム

しかし新しいマクラーレンGTはマクラーレンのパフォーマンスを十分に確保した上で、GTならではの利便性の高さも備えてデビューしてきたのです。「極めて軽量なNEW GTが、グランドツアラーの常識を書き換えました。至極のマシンの誕生です」とメーカーは言っているのです。これまでも何台かのマクラーレンには試乗してきましたが、どれもこれも究極の走りを追い求めたストイックさを存分に感じられたモデルばかりでした。

もちろん、もうそれだけで十分でした。それに、このクルマを買えるほどの人ならば、当然、複数台所有が当たり前でしょうから、実用を求めるのであればサルーンやクーペタイプのGTを用意するでしょう。マクラーレンはドライバーに、あくまでも趣味の道具として楽しむだけ。ところがマクラーレンは、可能な限りの時間をこのGTと共に過ごしてほしい、ということで投入したわけです。マクラーレンにとって新しい価値観を持ったGT、どんな素顔を見せてくれるのでしょうか?

超弩級のパフォーマンスの使い道

さっそく目の前のGTのドアを開けます。もちろん、前方に跳ね上げる「ディヘドラルドア」と呼ばれるドアを開けると、シートとの間を隔てるようにカーボンの太くゴツいサイドシルが現れます。

太く、そして高さのあるサイドシル。これを跨いで乗り込みます。

これでまず“コイツはただ者ではない”という感じをビシバシ伝えてきます。おまけにサイドシルを跨ぎながら上体をねじり、地面に座り込むような位置にあるシートに着座するのです。もうこれだけで、すでに「スポーツ」なのです。こうした“特別の儀式”を用意することが、ピュアスポーツとしての主張のように感じます。

スポーツカーファンに言わせれば「これこそマクラーレン」と言うかもしれません。こちらとしても、この一連の儀式によって、スポーツカーに乗る資格があるかどうかを試されているような気分になります。少々大げさかもしれませんが「これしきの不自由を我慢できなければ超弩級のパフォーマンスと異次元の運転感覚を味わうことを許さない」と言った感じでしょうか。そしてもし、助手席にスカートの女性を招くことがあれば、確実に嫌な顔をされます。

ところが一旦、シートに収まってしまうとこれがなんとも心地いいフィット感が体を包み込みます。シートの出来の良さだけでなく、ドアやセンターコンソールとの距離感が絶妙で、なんとも言えない適度なタイト感があり、収まりが良く、ピタリと体にフィットする感覚なんです。クルマにとっての居住性の良さとは、なにも広々としていることが最善ではありません。少しばかり狭くても、心地よく過ごせる空間というのは確保できるものなのです。それはまるでお気に入りのジョギングシューズのようなフィット感なんです。

実はこの感覚、他のマクラーレンのモデルと同じなんです。実用性も両立しましたというGTですが、コクピットの様子は走りに徹したピュアモデルそのもの。ここにマクラーレンならではのこだわりのようなものを感じます。

それにしてもイギリスのスポーツカーって本当に体との一体感を創り出すのが上手いですよね。ロータスやジャガーの体の収まりの良さは、いつ乗っても感心しますし、このフィット感があるからこそ思いのままに操れ、楽しく走れると同時に、驚くほど疲れも少ない。この辺の程合いをよく知っています。

さて、ちょっぴり気分が盛り上がってきたところでエンジンのスタートボタンをプッシュします。

ドライバーの背後に搭載される4リッター、V8ツインターボ、最高出力620馬力、最大トルク630Nmのエンジンが爆音と共に目を覚まします。10秒ほどすれば甲高いアイドル音は収まり、重低音に変わりますから、周囲をエンジン音で威圧する感じはずいぶんと収まるのですが、やはり早朝の住宅街ではシャッター付きのガレージでもない限りご近所迷惑になる迫力です。

そのV8エンジンですが、その気になれば0から100km/hまでの加速時間は3.2秒、0から200km/hまでの加速時間が9.0秒、そして最高速度326km/hという世界を見させてくれる実力の持ち主です。このクラスとしては相当に軽量な1,483kgのボディを軽々と別世界に運んでいってくれるわけです。

速く走らなくても楽しいGT

マクラーレンには上からハイパーカーの「アルティメット」シリーズ、次にスーパースポーツの「スーパー」、そして「スポーツ」シリーズという具合に、パフォーマンス上のヒエラルキーがあります。その図式から言えばGTはスーパーとスポーツの間というか、新シリーズとして新しい流れを作るポジションのような位置になるかもしれません。事実、マクラーレンはGTを皮切りに実用シリーズも確立することを考え、その第一歩ということになるでしょう。

シンプルですが上質な雰囲気のあるインパネ。

さっそく走り出してみました。ゆっくりと慎重に走り出し、5分もすると、エンジンが持っている凶暴な一面などはすっかりどこかに消え失せていることに気付きます。市街地ということもあるのですが、穏やかな乗り心地、ノーズの短さによる見切りの良さ、まるでオートクチュールのようなフィット感、ステアリングの自在感、そのすべての感覚がジャストなんです。「良いスポーツカーはゆっくり走っているときも楽しい」。まさにその公式が当てはまる感触なんです。体に馴染む速さもあって市街地がこれほど楽しいとは……。何も高速道路やワインディングを駆け回ることだけじゃなく、市街地走行でも、ドライバーに“速く走ることを強要しない”気軽さを存分に楽しみながら時間が過ぎていきます。

ただひたすらに持てる力を誇示するようなスポーツカーではない、上品さを強烈に感じたのです。もちろん高速道路に乗り込めばスーパースポーツの名に恥じない走りを見せてくれるのですが、マクラーレンの新しいGTは、メリハリがきいていて柔軟を使い分けることができるのです。だからこそ真の大人の乗り物として成立するのです。

そして何より頼もしいのは、フロント・ボンネットには旅行用トランクが収まるほどの容量150リットルのスペース、リアハッチを開ければ420リットルのラゲッジスペースを備えています。こちらにもスーツケースやゴルフバック1セットぐらいは簡単に飲み込んでくれますから、GTとして大陸の横断旅行にも十分使えそうです。望めばいつでも本物のスーパースポーツの実力を引き出せ、一方でショッピングなど実用でも気兼ねなく使えるのです。

久しぶりに“魅力的なGT”でしたが、そのお値段、26,450,000円。ここだけはお気軽に、というわけにはいきませんね。

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