リヴァプールが「ドイツから獲得した13名」、成功か失敗か

現在バイエルン・ミュンヘンからティアゴ・アルカンタラを獲得するのではないかと言われているリヴァプール。

『Planet Football』は、「リヴァプールがドイツから獲得した9名」という記事を掲載したが、それを調整してご紹介する。

ロリス・カリウス

獲得元:マインツ05

加入時の移籍金:475万ポンド(およそ6.45億円)

成功?失敗?:失敗

シモン・ミニョレを置き換えられる守護神を探していたリヴァプール。2016年夏、マインツでプレーしていたイケメンGKカリウスを比較的安い価格で手に入れることができた。

ただ、アンフィールドにやってきた彼は多くのミスを犯してしまい、2018年チャンピオンズリーグ決勝でも失点に繋がるような失敗で批判されることに…。この2年はトルコのベシクタシュに貸し出されていた。

ラグナル・クラヴァン

獲得元:アウクスブルク

加入時の移籍金:420万ポンド(およそ5.71億円)

成功?失敗?:失敗

ドイツで印象的なプレーを見せていたエストニア人DF。カリウスと同じ2016年の夏にリヴァプールへと加入し、2年間で53試合に出場した。

失敗というほど悪くはなかったとはいえ、その立場は常にレギュラーではなかったし、2018年にファン・ダイクがやってきてからは役割もなくなってしまった。投資ほどの効果があったかと言われると…。

アレクサンダー・マニンガー

獲得元:アウクスブルク

加入時の移籍金:フリー

成功?失敗?:失敗

移籍金もフリーであったし、人格的には非常に高く評価されていた。これがリヴァプールのクラブとして失敗と言われると難しいところだが、ピッチ内での活躍だけを基準にすればそうなってしまうのが寂しい。

アウクスブルクから契約満了で退団していた彼は、2016年夏にリヴァプールと短期契約を結んで加入。3rdの役割でトップチームには一度も出場することなく、1年で現役を引退することになった。

ジョエル・マティプ

獲得元:シャルケ04

加入時の移籍金:フリー

成功?失敗?:成功

シャルケとの契約延長を拒否した後、マティプはフリーでリヴァプールに加入。ユルゲン・クロップ監督就任後の最初の補強でもあった。

当初は不安定なところもあったが、アンフィールドでの経験を積んで徐々に成長。ファン・ダイクというパートナーがやってきてからはさらに思い切りのいいプレーができるようになり、世界トップクラスの選手として評価されるようになった。

ロベルト・フィルミーノ

獲得元:ホッフェンハイム

加入時の移籍金:2900万ポンド(およそ39.41億円)

成功?失敗?:成功

2015年にホッフェンハイムから加入し、数カ月後にユルゲン・クロップと出会ったフィルミーノ。そのマッチングは大きな成功を収め、彼は3トップシステムの欠かせないパーツとなった。それは今でも変わらない事実である。

沢山のゴールを奪うわけではないが、最前線からチームの潤滑油になる。クロップ監督も「彼は我々のコネクターなんだ」と評価し、その活躍を称賛する。

エムレ・ジャン

獲得元:レヴァークーゼン

加入時の移籍金:975万ポンド(およそ13.25億円)

成功?失敗?:成功

2014年にレヴァークーゼンから加入したジャン。大柄な体格に加えて複数のポジションをこなせる器用さ、そしてなぜか時々とんでもないゴールを決めるという不思議な選手だった。

ユルゲン・クロップ監督の下でレギュラーとして起用され、チームには地味ながら欠かせない存在に。2018年に契約延長を拒否して退団、ユヴェントスに移籍している。

フィリップ・デゲン

獲得元:ドルトムント

加入時の移籍金:フリー

成功?失敗?:失敗

スイス代表で活躍したサイドバック。フリーでドルトムントを退団した彼をラファエル・ベニテス監督は高く評価し、チームに引き入れた。

ただドルトムントでの最終年度は怪我に苦しんでおり、それを抱えたままプレミアに来ていた。さらに不運なことにヒーピアとの衝突で肋骨を骨折したり、復帰直後に中足骨を折ったり…ほとんど出場できずにチームを去った。

アルー・ディアラ

獲得元:バイエルン

加入時の移籍金:フリー

成功?失敗?:失敗

のちにフランス代表のレギュラーにもなる名ボランチであるが、リヴァプールに加入したのは2002年。彼が21歳のときであった。

その後ル・アーヴルやバスティア、RCランスへのローンで評価を高め、2005年にそのまま完全移籍。リヴァプールでは全く活躍できなかった。

マルクス・バッベル

獲得元:バイエルン

加入時の移籍金:フリー

成功?失敗?:成功

バイエルン・ミュンヘンで大きな成功を収めたバッベル。2000年にフリーで退団し、ジェラール・ウリエ監督が率いていたリヴァプールに加入している。すぐにチームに不可欠なサイドバックとなり、2001年UEFAカップの決勝戦でも先制ゴールを決める活躍を見せた。

不運なことにその直後、彼はギラン・バレー症候群に罹患していることが発覚。突然キャリアを停止せざるを得なくなった。15ヶ月後にピッチへ復帰したものの、ブラックバーンへのローン移籍を経てシュトゥットガルトへと去っている。

エリック・マイヤー

獲得元:レヴァークーゼン

加入時の移籍金:フリー

成功?失敗?:失敗

PSVアイントホーフェンでブレイクし、その後ユールディンゲンでドイツに挑戦、評価を高めてレヴァークーゼンに加入した長身のオランダ人FW。ブンデスリーガであの名FWウルフ・キルシュテンとコンビを組んだ。

1999年にはリヴァプールに加入したものの、当時はマイケル・オーウェンとロビー・ファウラーの両雄が並び立っている時代。彼に活躍の場はそれほど与えられなかった。

ただUEFAカップでドイツに遠征してきたリヴァプールファンと積極的に交流するなどして、人気はかなり高かったという。現在もリヴァプールOBによるチームに参加している。

ショーン・ダンディー

獲得元:カールスルーエ

加入時の移籍金:200万ポンド(およそ2.72億円)

成功?失敗?:失敗

南アフリカのダーバンで生まれ、20歳でドイツに渡った…という経歴を持っている長身FW。1995年から所属したカールスルーエで活躍を見せ、ゴールを量産していた。

負傷したロビー・ファウラーの穴を埋める存在としてリヴァプールに加入したものの、わずか3試合しかプレーすることができず。1年でシュトゥットガルトに移籍することとなった。

カール=ハインツ・リードレ

獲得元:ドルトムント

加入時の移籍金:225万ポンド(およそ3.04億円)

成功?失敗?:成功

1996-97シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ決勝戦でユヴェントス相手に2ゴールを決め、ドルトムントに欧州王者の称号をもたらしたストライカー。その直後、彼はリヴァプールへの移籍を決断している。

18歳のオーウェンが台頭し始めた時期であったことから完全なるレギュラーにはなれなかったが、2シーズンで60試合に出場、11ゴールを決めている。現在はドルトムントのフロントスタッフ。

パトリック・ベルガー

獲得元:ドルトムント

加入時の移籍金:325万ポンド(およそ4.42億円)

成功?失敗?:成功

ネドヴェドと犬猿の仲であったことで知られるチェコ伝説のMF。ドルトムントでは1シーズンのみのプレーだったが、1996年のEUROで注目を集めてリヴァプールにやってきた。

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1996年から2003年まで長くアンフィールドでプレーし、プレミアリーグでは148試合で28ゴール。怪我に悩まされた時期が長かったのが不運だったが、その実力はイングランドでも証明された。

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