小値賀「奉安殿」 住民が移設し保存 「壊すの忍びなかったのでは」

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移設作業の様子を撮影したとみられる写真(前田百合子さん提供)

 北松小値賀町で「奉安殿」とみられる建造物が現存していることが分かった。戦後間もない時期に、当時の設置場所から移設して保存したとみられる。
 元町文化財調査委員会委員長の吉元俊二郎さんは「島民は壊すのが忍びなかったのではないか。それまで天皇を崇拝していたのに、(敗戦したからといって)簡単には切り替えられなかったのだろう」と推測している。

 建造物は現在、私有地内にあり、普段は立ち入りできない。この土地の所有者で「丸ま旅館」(笛吹郷)のおかみ、前田百合子さん(66)は「嫁いできた約40年前、亡くなった夫から『料亭(平和荘)の経営者だった祖父が移設した』と聞いたことがある。関心がある人がいれば、私の方で案内したい」と語った。
 前田さんの夫の祖父が残した写真には、大人が数十人がかりで白っぽい大きな建造物を運んでいる様子を撮影したものが複数ある。その中の1枚には「昭和弐十一年 小値賀校奉安殿ヲ平和園ヘ移ス」と説明文が書かれており、移設作業には多くの地元住民が関わったとみられる。
 戦前の天皇は神格化され、学校の生徒は奉安殿の前を通る際には服装を正し、最敬礼するように定められていた。笛吹郷の山口安美さん(91)は当時を振り返り「(奉安殿は)鉄の柵で囲ってあり、触れられなかった」。前方郷の崎山信好さん(83)は「登校すると最敬礼していた。当時は中に何が入っているか知らなかったし(天皇は)神様と同じと思っていたので、あまり近づかなかった」と話した。
 町教委の文化財担当者は、戦前の天皇制下の様子を伝える戦争遺跡や、近代の小値賀におけるコンクリート製建築物としての価値を評価。「今後も所有者の理解を得ながら、保存に向け調査を続けたい」としている。