戦後に撤去されたはずの「奉安殿」 長崎・小値賀町で現存か

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雑木林の中にある「奉安殿」とみられる建造物。正面の上部に見える円形の部分には菊の御紋が取り付けてあったとみられる=小値賀町中村郷

 北松小値賀町教委は、同町中村郷の雑木林にあるコンクリート製建造物について、戦前の学校で天皇の「御真影」などを安置していた「奉安殿」である可能性が高いとして調査を進めている。

 当時を知る住民の証言などから、町教委は「奉安殿とみて間違いないのではないか」と分析。「近代史を知るための貴重な史料になる」としている。
 奉安殿の多くは戦後、連合国軍総司令部(GHQ)の指令で学校から撤去、解体された。県内で現存が確認されているものには、米海軍佐世保基地司令部として使われている旧日本軍の庁舎脇にある日本庭園の奉安殿がある。県外では文化財に指定されている例もある。
 小値賀で見つかった建造物は高さ約2.7メートル、横幅約2.1メートル、奥行き約2メートル。壁の一部にはひびが入り、正面の金属製の開き扉はさびついて開かないという。
 元々は、現在の町立小値賀小グラウンドの一角に設置されていたとみられている。小値賀尋常高等小学校(後に小値賀町国民学校)があった場所で、雑木林とは約230メートル離れている。
 町教委は6月中旬、元町文化財調査委員会委員長の吉元俊二郎さん(73)=同町笛吹郷=から情報提供を受けて調査に着手。80代から90代の地元住民数人に雑木林の建造物の写真を見せ、かつて通った尋常高等小学校にあった建物と同じだとの証言を得た。建築年は1928年から37年の間と推測している。
 雑木林は、80年ごろまで営業していた料亭「平和荘」の敷地内にある。建造物は「平和神社」の社殿として使われたとみられている。
 戦時下の教育に詳しい日大文理学部の小野雅章教授(教育史)は小値賀の建造物について「奉安殿は多くの場合、神社様式で建てられたが、(写真を見ると)そうではなく特徴的。保存状態もよいようだ」と指摘。「戦争を経験していない世代が国を動かしている今の時代に、こうした施設を保存していくことは戦争の悲惨さを伝えるため重要」と意義を説明した。