失われた税収を取り戻せ ミャンマーが酒の輸入を自由化【世界から】

タイから川向こうのミャンマーへ堂々と密輸される外国酒=2016年3月、板坂真季撮影

 ミャンマー政府は5月、外国で製造された酒の輸入を全面的に解禁すると発表した。これまで輸入可能だったワインや一部のビールに加え、ウイスキーをはじめとする蒸留酒など他の酒類についても規制を緩和することにしたのだ。

 しかし、ミャンマーに住んでいる人の多くがこのニュースに首をひねっているはずだ。というのも、ミャンマー国内では長年、輸入が禁止されていたはずの外国産の酒が大量に出回ってきたからだ。(ヤンゴン在住ジャーナリスト、共同通信特約=板坂真季)

 ▽広く流通する密輸酒

 ミャンマー政府は、外国産の酒の輸入を1962年から厳しく規制してきた。95年には輸入そのものが全面的に禁止となった。変化が起きたのは、民主化が進んだ2015年。ワインなどが緩和されたのだ。だが、その他に関しては外国からのビジネスマンや観光客が訪れる一部のホテルや免税店を除いては輸入が許されなかった。

 どんなに厳しく規制しても、必ず抜け道ができる。それはミャンマーでも同じだ。この政策は外国産の酒を扱う「闇市場」の誕生を招いた。タイや中国など陸路でつながっている国々との国境ゲート付近には、密輸酒を扱う店が堂々と軒を並べており、外国の酒を求めるミャンマー人でいつもにぎわっている。

 それだけではない。都市部の酒店や一部のスーパーマーケットの棚には密輸酒がずらりと並んでいる。政府の規制をあざ笑うかのように、密輸酒がミャンマー国内で広く流通してきたのだ。

 ▽酒好きが「住みやすい国」

 地元英字紙の「ミャンマータイムズ」は19年6月20日付の紙面で、税関当局が闇市場で取引される密輸酒の総額を年間数億ドルに上ると推定していると伝えた。一方、17~18年に掛けて合法的に輸入された酒は、およそ800万ドル(約8億5千万円)だった。

 具体的な額がはっきりしないのは残念だが、密輸酒の市場規模がいかに大きかったかがよく分かる。

 価格はどうなのだろう。原産国の価格よりはもちろん高価だ。それでも、密輸酒が出回っていない周辺国よりは安い。そのため、酒好きの間ではミャンマーのことがひそかに「住みやすい国」と表現されていたほどだ。

ミャンマー

 ▽膨大な損失

 規制緩和の狙いを表現すると次のようになる。

 輸入を合法化することで密輸酒を駆逐。その結果、政府に正当な税収が入るようにする。

 ミャンマーの密輸酒について調べた調査によると、16年に同国内で消費されたビールの約3割が違法に輸入されたもので、5千万ドル(約528億円)もの税収を失ったという。ウイスキーなど他の酒まで含めると、損失は膨大なものになることは明らかだ。税収の増加は国民にとっても喜ばしい。政府の意図は十分に理解できる。

 今回の緩和を見据えてだろう。政府は1年ほど前から、密輸酒の取り締まりを強化していた。結果、大手スーパーから密輸酒が姿を消すことになった。あおりを受けて販売価格が上昇。酒好きには少しばかり悲しい状況になった。

 とはいえ、政府が酒の流通をコントロールしきれなかったがゆえに市場にはびこっていた有名ブランドウイスキーの偽造品を排除できたのは歓迎すべきことだ。偽造品には粗悪なものが多い。そのため、「飲んだ翌日には必ずひどい頭痛に見舞われるウイスキー」も珍しくなかった。今回の見直しでそんなウイスキーに出合う確率は確実に減ったという。

ヤンゴン市内の酒店の棚には外国酒が並んでいた=7月21日、板坂真季撮影

 ▽トラブル減少も期待

 信仰心のあつい仏教徒が多いミャンマーにおいて、飲酒はもともと一般的ではなかった。この習慣が変わったのは、民政に移管した11年以降だった。訪れる外国人が増加したことで、飲酒という文化も流入したのだ。9年しかたっていないが、若者を中心に飲酒するミャンマー人が劇的に増えた。

 同時に、飲酒を原因とするけんかなどのトラブルも頻繁に起きるようになった。近年では、アルコール依存症に悩む人の増加が社会問題化しつつある。

 酒の流通を掌握できれば、税率を引き上げることが可能になる。その結果、国民の飲酒率を低下させたい―。政府には酒の輸入政策の見直しに関して、このような思惑もあるように思われる。

 今回の緩和は日本酒メーカーにとってチャンスといえる。日本酒が規制緩和の対象に含まれたのだ。早速、ヤンゴン市内で試飲会を行う日本酒メーカーも出てきている。日本酒が一般に流通してくれるようになったら、ミャンマーで生活する日本人としては大歓迎だ。

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