中森明菜 vs 小泉今日子、花の82年組と混戦の女性アイドル決選投票!

1982年 7月28日 中森明菜のシングル「少女A」がリリースされた日

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めまぐるしい動き、1982年の新人賞レース!

先に1980年夏の『2大アイドル決選投票』のことを書いた際、2年後の1982年にも同様の人気投票があったことに触れた(『聖子チャンと良美チャン、クラスを二分した女性アイドル決選投票の夏!』を参照)。それがいったいどうなったのか、いちいち気にかけてくださる方もいるとは思えないが、一応始末をつけるのも書き手の責任というものだろう。

1982年といえば新人の当たり年と言われ、その後も活躍を続けるアイドルたちを称して “花の82年組” などと後年も長く語り継がれたものである。しかしこの年デビューした新人アイドルのうち、後年の活躍ぶりから考えれば “中森明菜” と “小泉今日子”、この二人が抜きん出ていたことに異論をはさむ余地はないだろう。色々な大人の事情が横行する芸能界、テレビの向こうで繰り広げられるドラマなど、純朴な男子高校生に想像できようはずもない。

当時は在京テレビ各局だけでなく、在阪キー局まで歌謡祭を開催し、新人賞レースは夏場から初冬にかけてのロングランであった。序盤ヒットに恵まれなくても、その間新曲がヒットすれば局面が変わることもあり得る。事実この年の新人賞レースではめまぐるしく受賞者が変わり、今にして思えば所属事務所の力関係も働いたことだろう。…しかしここでは敢えてそれを語るまい。レコード売上とファンのリクエストは嘘をつかないと思いたいのだ。

中森明菜と小泉今日子の決選投票だったのに…

そして秋の文化祭のシーズン、突然それは勃発した。出し物の準備で教室の飾りつけをしながら口ずさむ私の鼻歌は、もちろん中森明菜の「少女A」。するとある輩が「ふん、あんな可愛げないツッパリ、どこがいいんだよ」と挑発する。不良娘は近いうちに転落するというのが彼らの言い分だ。「バカだなぁ、あれは演技、役作りなんだよ。お前わかってないな」と応酬する。「わかってないのはお前だ!アイドルっていうのは、キョンキョンみたいにキラキラしてなきゃダメなんだよ」とヤツは応える。「何だよコイズミなんか、他人の曲ばっかりじゃねえか。オリジナル歌ってる明菜の方が断然評価されてる証拠だよ」…… とまあ、こうなると埒があかない。

ふと2年前のリベンジが頭をよぎった私は、教室の皆に呼びかけた「よーし今から決選投票だ! 負けた方はコーラな!」…… 懲りないバカそのものである。

手始めに近くにいるやつから順番に声をかけていく「じゃあお前、お前はどっち支持する?」するとそいつが答える「うーん、オレは堀ちえみ!」はぁ? 何だよこいつじゃ話にならねんな。「じゃあ次、お前は?」「え、オレ? オレは松本伊代」何だよ何だよ、みんなバラバラじゃねえか……。

こんな調子で、明菜とキョンキョンは混じるものの、他にも “石川秀美” とか “三田寛子” とかいうやつまで現れて。最終的には明菜票がキョンキョンを一つ上回ったのだが、なぜか “早見優” が明菜と同数となり、決選は不成立となった。2年前、共に良美派で立った仲間が早見優に鞍替えしたのが決め手になった。それが1982年という年である。

レコード売上とファンのリクエストは裏切らない?

ところでシーズン最後を締めくくる大一番『レコ大』新人賞は、シブがき隊の「100%SOかもね」に輝いた。トシちゃん、マッチに続くジャニーズ3連覇である。出来レース? 素人目にも疑いたくなる出来事といえるが、忘れてはいけない。『ザ・ベストテン』の年間ランキングで12位と新人で唯一ベスト10に迫ったのは中森明菜「少女A」だった(新人賞のシブがき隊は37位)。やっぱりレコード売上とファンのリクエストは裏切らないのだ。

※2016年10月29日に掲載された記事をアップデート

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