カレー研究家が無印良品の「レトルトパッケージ裏」を凝視する理由

夏は食欲を刺激するカレーで、暑さを乗り切りたいところ。店頭に並ぶレトルトカレーは今や、レストランの味を再現したプレミアム路線の商品から、個性豊かなご当地カレー、カロリーオフ商品、ハラール(イスラム教徒向けの食事)対応のものまで、バラエティに富んでいます。

中でも2002年に「グリーンカレー」を発売した無印良品は、レトルトのエスニックカレーの草分けとして地位を確立しました。人気ナンバーワンを誇る「素材を生かしたカレー バターチキン」を筆頭に、次々と本格派のレトルトカレーを打ち出し、今やラインナップはジャパニーズカレーを含めて全41種類に上ります。

その無印良品のレトルトカレーを製造しているメーカー3社(にしきや、エム・シーシー食品、ハチ食品)を、カレー研究家のスパイシー丸山さんが自身のブログで取り上げています。ブログ内では、今年4月から新しい食品表示法が適用となり、製造メーカーがパッケージに表記されるようになったことに着目しています。

「これだけ商品がある中で、どのカレーを選んだらいいか……」と迷んだとき、製造メーカーの特徴は、好みのカレーを選ぶひとつの指標にできそうです。スパイシー丸山さんに解説していただき、ブログで紹介されたメーカー3社にも、これまでの製品開発の歩みや自社製品の特徴についてコメントをもらいました。


本場インドの味を再現「にしきや」

にしきや」は、1939年創業にしたレトルト食品専門メーカー「にしき食品」の自社ブランド。スパイシー丸山さんはこのように解説しています。

「スパイスの香りがしっかり香るインドカレーが得意なメーカーさんで、一般的にはなじみのないマニアックすぎるインド料理レトルトを手掛けていた時期もあり、その時期はインド料理だけで30種類以上のレトルトがありました。現在は種類を絞ってインド料理シリーズを販売しています」

にしき食品は、佃煮屋として創業しました。1968年に世界初のレトルトカレーが発売されると、佃煮屋からの脱却を考え、当時の新技術だったレトルト釜を導入。現在、宮城県岩沼市に本社・工場を構えて、水や塩、素材選びにこだわり、化学調味料・香料・着色料を一切使わない、素材を生かしたレトルトを製造しています。カレーのほかにスープ、パスタソース、おかゆなど約90種類のレトルト商品を出しています。

今年は、新型コロナウイルスによる外出自粛でレトルトの需要が高まったことに加えて、メディアに取り上げられたタイミングが重なったことで、通販を中心にレトルトカレーの販売数が伸び、去年の2倍に届く売り上げをここ半年の間で記録したとか。

「カレーは、本場インドカレーの技術を土台に、素材を生かしたカレーや、世界のスパイス料理をアレンジしたカレー、ベーシックな日本のカレーも取りそろえ、カレーの自由さや奥の深さを感じていただけるラインナップになっています」(にしき食品 広報室 斎藤幸治さん 以下同)

中でもインドレトルトカレーは、カレーの研究家が太鼓判を押すほど本格的で人気もありますが、以前の看板商品は「牛たんカレー」でした。2010年、全国で通用するブランドを目指そうと、開発チームが本場の味と技術と文化を学ぶためにインドへ通うようになったのだといいます。

「ご当地カレー、地方のメーカーというイメージを捨て、インドカレーの研究に取り組んだことが、今のにしきやにつながる分岐点になりました」と、斎藤さんは振り返ります。

そして2011年にインドカレーシリーズ第1号の「ココナッツチキン」が登場。マニアックなものも含め、これまで32種類が生み出されましたが、2019年に全面リニューアルを実施。これまで発売された商品の中から、日本人の好みに合う味9品に絞った「ごちそうインドカレー」を発売しました。

「国土が広く人口も多い、長い歴史を持ったインドのカレーは多種多様です。例えば、北インドのカレーは、バターチキンに代表されるように、ギーなどの乳製品、ナッツなどを使った濃厚さが特徴。一方、南インドのカレーは、ケララフィッシュに代表されるように、ココナッツミルクでマイルドながらもタマリンド(タイやインドで一般的に食べられているフルーツ)の酸味が効いています。

このシリーズは、カレーをご飯にかけて食べる日本の家庭のシーンを想定して、インド米よりも甘味のある日本米に合った濃度やコクに調整しています。

特徴は、小麦粉(ルー)を使わず、野菜、乳製品、ナッツなどで濃度を出すため、コクがありながらキレのある味わいになっていること。カレー粉を用いずにスパイスを調合して作るので、よりシャープな香りで、本場の味わいを感じられると思います」と斎藤さん。

ポイントは南インドのカレーに使うフレッシュ(生)のカレーリーフで、「国内では手に入れるのが難しいため、地元の農家で契約栽培をしている」そう。

レトルト製造メーカーとしては珍しく路面店を構えていて、実際に手に取って見たい方にはお勧め。「今後、お気に入りを見つけてその場で購入できるお店を増やしていきたいと考えています」と、語っています。

有名カレー店と多数コラボ「エム・シーシー食品」

「ジャパニーズカレーとインド風が得意なメーカーさんです。日本式カレーの面影が残るスパイシーなインド風カレーはファンも多く、マイルドな欧風カレーも人気。有名カレー店とコラボした商品も多く手掛けています」(スパイシー丸山さん)

カレーのプロも着目している「エム・シーシー食品」は、調理缶詰・レトルトパウチ・冷凍食品を扱う神戸の調理食品専業メーカー。同社のレトルトカレー製造の特徴は「材料を一から調理している点」なのだとか。

「例えばレトルトカレーはルーを使うものが一般的ですが、弊社では粉と油からルーを焼き上げて製品に仕上げています。スパイスもカレー粉を使うのではなく、それぞれの商品に合うようにブレンドしたり、初めに油の中でスパイスを加熱して香りを上げるスタータースパイス方式を取っている商品もあります」(エム・シーシー食品 水垣乃衣子さん 以下同)

現在、レトルトカレーは「100シリーズ」「神戸テイストシリーズ」「名店シリーズ」「協創シリーズ」の4シリーズを展開しています。同社は業務用商品も手掛けており、その商品開発で培った再現力の高さが、家庭向け商品の市場を広げることにもつながったのだといいます。

レトルトカレーの商品開発の歩みについて、水垣さんはこう話します。

「1999年、250円のレトルトカレーが最も高価格であった市場に対し、ディナー向けの290円のレトルトカレーシリーズを発売しました。このとき『きのことビーフのカレー』が、日本缶詰協会主催第20回レトルト食品品評会で農林水産大臣賞を受賞。その後、このシリーズは現在の『神戸テイストシリーズ』に引き継がれます。

この高品質のレトルトカレーに手応えを感じ、2001年には神戸の旧オリエンタルホテル名誉総料理長・石阪勇氏監修の『100年前のビーフカレー』『100時間かけたカレー』を発売し、高価格帯のラインナップを広げていきました」

「100時間かけたビーフカレー」は同社のレトルトカレー開発の分岐点にもなった商品。一晩寝かせたカレーがおいしいことはよく知られていますが、「それなら生産効率を度外視した(時間をかけた)、一晩寝かせたおいしいカレーを作ろう」というのがこの商品のコンセプト。発売以来、同社のレトルトカレー商品の中でトップの売り上げを誇っています。「100シリーズ」は、ほかに「100時間かけたスパイシーチキンカレー」など全6種類を販売。

前述した290円のレトルトカレーシリーズが前身の「神戸テイストシリーズ」は、2005年に発売されました。洋食の街・神戸で作られた王道のカレーでありながら、粗挽きのスパイスを使用し、油で炒めて香りを抽出するなど、現在のテイストも盛り込んでいます。

「これまで4回のリニューアルを行い、現在は創業の地である神戸で作ったオリジナルカレーシリーズとして原点に回帰した内容で販売しています」

そして遠方に出かけることが難しい今、手軽に家庭でカレー専門店の味を楽しめるのが「名店シリーズ」。もともとは、コンビニで有名店や老舗ラーメン店の味をうたうインスタントラーメンが受けていることに着目したことをきっかけに誕生したのだとか。

参加しているのは、インド・ニューデリーで設立されたレストランチェーン店「ゲイロード」や、東京・神田須田町に本店を構える「トプカ」、東京・神田小川町に第1号店がある「エチオピア」などで、それぞれの店が監修して味を再現しています。

最後に、変わり種として目を引く「協創シリーズ」は、現在2種類を販売しています。救助隊員の声を取り入れた「兵庫県警察 災害と闘う救助隊員のカレー」は、子供から大人まで幅広い年齢層を想定し、辛さは控えめ。

「温めても、そのままでもおいしいものを目指しました。肉類や小麦粉を使用しないことで常温でもかたまりにくく、化学調味料不使用なので喉がかわきにくいこともポイントです。ジャガイモやニンジンがゴロゴロと入っていて、ごはんがなくてもシチュー感覚で食べられます」

協創カレーシリーズはほかに、阪神・淡路大震災を経験した神戸市消防局とコラボレーションしてできた「消防隊カレー」が販売されています。

日本初の功績に甘んじることのない「ハチ食品」

「1905年に日本で初めて国産カレー粉を発売したことで知られる老舗カレーメーカーさんです。欧風カレーをはじめとするジャパニーズカレーが得意で、味のクオリティとボリュームを両立させた『メガ盛りシリーズ』をヒットさせました」(スパイシー丸山さん)

ハチ食品」は、1845年に現在の大阪市中央区瓦町で、薬種問屋「大和屋」として創業。スパイスやカレー粉、カレールー、レトルトカレーの製造を行っています。レトルトカレーの製造では、商品の特徴やレトルト殺菌条件に合ったカレー粉やスパイスの配合をしています。

「ハチ食品のレトルトカレーの強みは、スパイスの粉砕から焙煎、カレー粉の調合、ルーの製造ができ、そのカレー粉やカレールーを使用してレトルトカレーも一貫して製造できることです。またスパイスの粉砕や独自の調合ができることから、多種多様なカレー粉を組み合わせたカレールー、レトルトカレーの開発が可能です」(ハチ食品 事業推進室 野毛伴基さん 以下同)

同社のレトルトカレー商品の原点となるのが「カレー専門店のビーフカレー 中辛」。「当社が1990年に発売した初めてのレトルト商品で、2020年に30周年を迎えたロングセラー商品です」と、野毛さん。

現在は、「プレミアムタイムシリーズ」「アジアングルメ紀行シリーズ」「こってり濃厚シリーズ」など、それぞれ特色のあるシリーズを展開し、"辛さを極めたやみつきの旨さ”で大人気の名古屋名物「赤から」とのコラボ商品や、JTBパブリッシングが出版する旅行関連情報誌『るるぶ』とのコラボ商品、KADOKAWA発行の主婦向け生活情報雑誌『レタスクラブ』とのコラボ商品といった、他社との共同開発も行っています。

さらに国産初のカレー粉を製造販売してから100年目の節目の年となる、2005年に発売した「百年目のカレー 中辛」は、その後「中高価格帯商品の開発にさらに注力していく」きっかけとなりました。

そして、スパイシー丸山さんも着目していた「メガ盛りカレー」シリーズが2010年に登場。一般的なレトルトカレーの1.5倍のボリュームがあり、調合の異なる2種類のカレー粉でスパイシーさを出し、鶏肉と牛肉の旨み、ソテーオニオンの甘みを加えたソースを使用しています。現在、味のバリエーションは10種類に拡大して、同社の主力商品となっています。

見逃せないのが、元祖「蜂カレー粉」をリニューアルして使った「本格ビーフカレー 蜂カレー」。昭和後期に販売休止していた「蜂カレー粉」を2016年に復刻販売し、同時にレトルトの「本格ビーフカレー 蜂カレー」と、カレールーの「蜂カレー 本格カレールウ」を発売しています。

「『蜂カレーシリーズ』は当社のフラッグシップ商品となるべく、原料となるスパイスの選定、調合、製法全てに最高峰を尽くして開発しました。オリジナル製法で製造をした芳醇な香りが特徴の蜂カレー粉とカレールーに、じっくりソテーしたタマネギ、ニンジンの甘みと、デミグラスソース、生クリーム、バターのコクを合わせたカレーソースに、旨味のある国産牛肉を加えて仕上げています」

国産初のカレー粉を開発販売した功績から、カレー研究家が注目するメーカーであるのは当然とも思えますが、野毛さんは「まだまだ『ハチ食品』の認知度は低いと認識しています」と、冷静に語ります。

今後の展開について「(全国の販売額は)レトルトがルーを逆転したと言われていますが、当社はカレーカンパニーとして、レトルトカレーだけでなくスパイスの素材や加工技術にさらにこだわったカレー粉やフレークタイプのルーの差別化製品の開発に取り組んでいきます。

フラッグシップ商品である『蜂カレーシリーズ』は全国に訴求できる商品として育てていきたいですね。

さらに、当社の強みであるお手頃価格でコストパフォーマンスの良い商品はもちろんのこと、中高価格帯商品や、機能性素材を使用した商品を開発し、より多くのお客様に口にしていただけるよう努めてまいります」と、コメントしています。

レトルトカレーのクオリティはもっと上がる

スパイシー丸山さんは、パッケージの表記が変わったことによるメリットについて、このように見解を語っています。

「パッケージから製造メーカーを知り、そこから同じメーカーが手掛けるレトルトを探すという新たな楽しみ方が生まれるかもしれません。また製造を委託する側も美味しいメーカーが容易にわかるようになったので、レベルの高い製造メーカーへの発注が増えるのではないかと予想しています。受注が少なくなったメーカーは技術向上につとめるはずなので、結果としてレトルトのクオリティーが上がっていくのではないかと思っています」

製造メーカーを手掛かりに選ぶ楽しみが増えたことに加えて、パッケージ表記が変わったことを機に、今後さらにおいしくなったレトルトカレーの登場も期待できそうです。

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