プロ野球巨人の原辰徳監督が、7月28日のDeNA戦に快勝して両リーグトップの20勝一番乗りを果たした。
原監督の下での20勝一番乗りは4度目で、過去3度はいずれもリーグ優勝を果たしている。スポーツ紙の見出しで言えば「☆(ローマ数字5)率100%」となる。
この先の戦いは見通せないが、いたって視界良好と言っていいだろう。
確かにシーズン前から優勝の大本命と目されてきた。しかし、横綱がいつも横綱相撲を取れるとは限らない。
シーズン序盤、あるマスコミが「現時点の巨人のMVPは誰?」というファンアンケートを取ったところ1位は岡本和真。成長著しい4番打者は、開幕からコンスタントに安打と本塁打を量産しているから文句なしとして、続く第2位に名前が挙がったのは原監督だった。
ある時は王道を歩み、ある時は奇襲も仕掛ける。変幻自在の采配は、なるほど他チームの指揮官を圧倒している。
7月4日の中日戦勝利で積み上げた監督勝利数は、恩師の長嶋茂雄氏に並ぶ1034勝。巨人の監督史上最多勝を保持するのは☆(ローマ数字5)9時代の名将・川上哲治氏の1066勝だから今季中には新たな伝説を築き上げることは間違いない。
2002年シーズンに監督として初めて巨人を率い、昨年3度目の監督に返り咲いた。
前任の高橋由伸監督時代を含めて4年連続優勝から遠ざかっていた名門球団の危機を救うと、今季の快進撃につなげている。
とはいえ、今季は横綱野球をやってきたわけではない。
春先のオープン戦は最下位。開幕前の練習試合でも黒星先行の苦しい戦いが続いた。
打線では4番の岡本こそ絶好調だが、坂本勇人、丸佳浩の調子がなかなか上がらず、毎試合のように打順の組み替えを行っている。
投手陣でも抑えのエースとして期待したデラロサや先発陣の一角である田口麗斗らが故障で戦列を離れる誤算もあったが、ここでもやりくり上手でしのいできた。
主力が欠けても代役がそれ以上の仕事をやってのける。指揮官の柔軟な発想と確かな用兵があってこその首位快走である。
「原マジック」の神髄を見たのが26日のヤクルト戦だ。
9回に登板したのはこの日に育成選手から支配下登録されたばかりの田中豊樹。昨年日本ハムを自由契約となり復活をかける苦労人に与えた背番号は何と「19」。上原浩治氏や菅野智之らが背負ったエースナンバーを与えた理由が原監督らしい。
「彼は苦労人だから、いい番号をあげてくれ」とフロントに頼んだそうだ。
いくら得点差があっても、1軍登録したばかりの育成選手を勝ちゲームで即起用するケースは珍しい。
こういう采配がうまくいくと1軍にいる選手に新たな刺激を生み、ファームの選手には「自分も上に上がれるチャンスがある」と発奮材料にもなる。
一方で、同じ日に2軍降格を命じられたのは沢村拓一だ。かつてのセーブ王は今季も「投手陣のリーダー」と監督から期待され、守護神・デラロサが故障離脱すると抑えの代役にも指名された。
しかし、ふがいない投球が続くとばっさり切り捨てられた。田中の大抜擢が愛情なら、沢村の処遇は非情に映る。
「選手を信頼しているが信用はしない」という言葉がある。チーム愛を掲げたうえで信賞必罰、勝利至上主義を徹底する。
1点を争う接戦では主軸の坂本だろうが、丸だろうがバントも命じる。1番打者として期待する吉川尚輝が不調に陥るとマスコミを通じて「よしかわじゃなくて悪川だな」と、ジョークを交えて発奮を促す。
すると吉川はその直後に3戦連続本塁打を放つなど復活気配だから、指揮官の思惑通りである。
現場を仕切るだけでなく、チーム編成や補強策まで任される全権監督の顔も持つ。
その強みが発揮されたのが開幕直後に楽天と行った2件の電撃トレードだ。
即戦力のウィーラーと高梨雄平を獲得するとすぐさまに活躍、戦力の厚みを増している。
かつてあるコーチが語っている。「うちの監督は常に4手も、5手も先を読んでいる。それが面白いように当たるのだからすごい」。
豊富な「駒」を駆使して適材適所に縦横無尽の采配を振るう名将に対抗する者は現れないのか。ライバルチームの多くが抑えエースの崩壊に頭を抱えている現状では、巻き返しの計算も立ちにくい。
新型コロナウイルス禍の中で幕を開けた異例のシーズン。このまま巨人の独走を許すことなく、白熱の戦いを願うばかりである。
荒川 和夫(あらかわ・かずお)プロフィル
スポーツニッポン新聞社入社以来、巨人、西武、ロッテ、横浜大洋(現DeNA)などの担当を歴任。編集局長、執行役員などを経て、現在はスポーツジャーナリストとして活躍中。