「かたり」で伝えたい野球の魅力とは 山田雅人が尊敬と誇りを持って臨む「挑戦」

球史に残る名場面をマイク1本で鮮やかに再現する山田雅人さん【写真:編集部】

タレント山田雅人が球史に残る名場面をマイク1本でリアルに再現

スポーツ史に残る名場面や著名人の足跡を、マイク1本でリアルに再現する人がいる。タレントとして活躍する山田雅人だ。「かたりの世界」と名付けられた舞台公演シリーズは今、山田にとってライフワークとも呼べるオリジナル芸となった。

2009年から始まった「かたりの世界」。数あるレパートリーの中でも群を抜いて多いテーマが「野球」だ。最初の作品となったのは、阪神の大打者・掛布雅之氏と巨人のエース投手・江川卓氏の名勝負を描いた「江川対掛布」。以来、「稲尾和久、江夏の21球、天覧試合、松井秀喜……全部あるレパートリーの半分、50くらいは野球ですね」と積み重ねた。

単に名場面の様子を伝えるだけではない。当事者はもちろん、その場に居合わせた関係者、家族らを一人ひとり丁寧に取材。いろいろな角度から見た“証言”を集めることで、名場面が生まれた背景には何があったのか、どうして名場面となったのか、実際にはわずか数分だった事象が厚みと深みと奥行きを持った、表情豊かなドラマに姿を変える。

題材となるのは「僕が感動した人を作ります」。そこから本人に制作の許可を得て、様々な人物に取材を重ねていく。すでに他界した人物をテーマとする時は、遺族の了承を得てから制作。「最低でも1か月はかかります」という大仕事だが、「一人の人生を語るんですから、そこまでするのは当然だと思うんですよ。そうでなければ失礼。僕は野球はあまり上手くないので、あるのはリスペクトの想いだけです」と真摯に取り組む。

例えば、「沢村栄治物語」を作った時のこと。すでに故人となった球界の大エースに直接話を聞くことはできず、徹底的に周辺取材をした。

「沢村栄治さんとか、戦争でお亡くなりになった野球選手の話も作っています。なぜ作るようになったかというと、今の子どもたちは『沢村賞』は知っていても、沢村栄治さんを知らないんですね。僕は愕然としました。これは沢村さんはどういう人物だったのか、どういう投手だったのか、子どもたちに伝えていかないと思い、『沢村栄治物語』を作りました。

ご遺族に取材をしたり、川上哲治さん、関根潤三さんなど、実際に沢村さんに会われている方を取材したり、ご出身の三重県に行って母校を回ったり、お墓参りをしたり、キャッチャーをしていた方の息子さんに話を聞いたり。そこまでして1本を作り上げていきます」

1つの語りを作るのに丁寧な取材を重ね、1か月以上の制作期間を費やすという【写真:編集部】

同じ野球でも10人いればそれぞれの野球が存在「人間を語るんですよ」

丁寧な仕事は「かたり」のテーマとなった本人はもちろん、家族の心に伝わる。巨人の終身名誉監督を務める長嶋茂雄氏は完成した「長嶋茂雄物語」を大いに喜び、その取材記を書籍化するよう背中を押してくれた。「ノムさん(野村克也氏)は僕のラジオに来てくれたり、津田恒美さんの奥さんは熊本から公演を見に来て下さいました」と、うれしそうに振り返る。

根底にあるのは「野球が好き」という純粋な想いだ。かつては大の阪神ファンとして知られていたが、「かたり」の取材を重ねるうちに「セ・リーグもパ・リーグも関係ないです。今は野球そのものを応援するようになっています」と話す。

野球を語る醍醐味はどこにあるのか。「ここがちょっと難しいところで……」と言うと、こう言葉を続けた。

「野球なんですけど、人間なんですね。人間を語るんですよ」

同じ野球というスポーツではあっても、10人いれば10人それぞれ違った野球との関わり方や捉え方がある。野球の名場面を語りながらも、そこには登場人物一人ひとりの人間味が溢れるドラマが存在している。

「勝った負けたじゃないんですね。プロセスが面白いんです。だから、巨人の原辰徳監督が初めて監督をした時、2003年に解任されました。この時、阪神を率いていた星野仙一監督が甲子園で花束を持っていって労い、阪神ファンが原コールを起こしたんですね。僕はそれが野球だと思っています。残念ながら、日本はユニホームにこだわり過ぎているように思います」

ご贔屓の球団を応援する気持ちが強くなりすぎて、ライバル球団の凄さを受け入れる余裕がなくなっている。今の日本は、そんな状況にあるのではないかという。「相手チームだって、いいプレーはいいプレー。阪神の選手も、巨人の選手も、パ・リーグの選手も、僕はみんなリスペクトしています。だから、僕は今、野球ファンなんです」と、熱の籠もった口調で続ける。

「150キロの直球を投げて、それを打ち返すってすごいことですよ。投げも投げたり、打ちも打ったりというスポーツだと思うんです。江川対掛布にしても、掛布さんだけ取材しても作れない。江川さんがいかにすごいか。そして、そのすごい球を打った掛布さんがいる。この両方を語らないと」

■8月6日には最新作「川崎憲次郎物語」を披露予定

野球の魅力を伝える新しい方法として、1つのジャンルを確立しつつある「かたりの世界」だが、この芸を誰かに伝承していくつもりはないという。決まった型や様式美に価値がある伝統芸能の良さとはひと味違った、山田雅人オリジナルの新たな芸だという自負があるからだ。

「これは形だけ継承してもらっても困るし、僕が作ったものですから。以前、桑田真澄さんと大阪でトークショーをした時、すごく感銘を受けてくれて、僕が楽屋に戻ったら色紙が1枚置いてあったんです。『山田雅人さんへ 挑戦 桑田真澄』と書いてありました。新しいことへの挑戦ですよね。桑田さんも『巨人だったけど……』という枠を越えて、新しいことを目指している。野球が好きなんですよね」

現在は8月6日に東京・町田市のライブハウス「まほろ座」で披露される新作「川崎憲次郎物語」の仕上げに取り組んでいる。また、来春には親交が深いソフトバンク内川聖一を題材に作品を作り上げる予定だ。

「深いですね、野球は」

テレビ中継やニュースだけでは味わえない、野球の奥深さと魅力を伝えるために、リスペクトとプライドの詰まった渾身の作品を作り上げていく。(佐藤直子 / Naoko Sato)

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